その後は何事もなく、店しまいの時刻を迎えた。

そして、それを見計らったようなタイミングで帰宅した母は、大量の湿布を腰に貼っていた。


「・・・その匂い、どうにかならないの?」

夕食中、たまらずクレームをこぼしたわたしに、母はケラケラ笑う。

「鼻をつまんで食べればいいじゃない」

「あのねぇ・・・・」

基本的に、明るい、朗らか、楽天的、そんな母は、”数年ぶり” という親子のブランクをあっさりと越えてくる。
母のそういう性格のおかげで、わたしも遠慮せずに接することができているのだけど、食事時のこの湿布の匂いはほとんど公害だ。

わたしは匂いから気をそらすために話題を変えることにした。

「そういえばね、今日店番してるとき、小学生がお財布を落として困ってたのよ」

「修学旅行生?」

母がお茶をいれながら訊いた。

「うん、そう。で、一緒に探したけど見つからなかったから、名前と学校名だけ聞いて、わたしが立て替えてあげたの」

「あら、いいことしたじゃない。修学旅行生はよく落とし物するのよねぇ」

「そうなの?」

「旅行で浮かれてるせいかもしれないけど、昔っからよくあるのよ。最後の千円札落としたーって泣き出しちゃった子もいたわね。あのときはちょうどその子の先生が通りかかって、ちょっとした騒ぎになったのよ。それよりあんた、どうせしばらく暇なんでしょ?だったら、店番しばらく続けてくれない?わたし、しばらく通院することになりそうだし、いい機会だからちょっとゆっくりしたいのよね」

お茶を飲み干すと、にこにこ顔で言ってくる。

「どうせ暇って・・・・まあまあ酷い言われようね」

苦々しげに答えたわたしに、母は「あらそう?」なんてとぼけた顔をする。

けれど本当は、わたしもわかっていた。

母の言動は、大学卒業後仕事を一年半で辞めてきた娘を気遣ってくれてのことだろうと。

急いで職探しをしなくても、少しゆっくりしたらいい・・・・

母のそんなメッセージが聞こえてくるようだった。

そして、どうせ就職活動をする気にもなれなかったわたしは、母の頼みを了承したのだった。