「5000円ね?」
小学生のお小遣いにしては大きい額だなと感じたけど、私立小学校に通ってる子なら普通なのかもしれない。
わたしは財布から五千円札を抜くと、男の子に渡した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
男の子はパアッと、雲が晴れたような笑顔になった。
「あ、後で探しておくから、どんな財布か教えてくれる?さすがに財布に名前は書いてないだろうから、中に入ってるものとか」
私が問うと、男の子は五千円札を握りながら、思い出すように視線を宙に浮かせて・・・
「ええと・・・あ!カード!ゲームのカードが入ってる」
「ゲームのカードと、他には?名前が分かるものとかは入ってない?」
「あとは・・・・」
男の子が答えに詰まると、友達のひとりが声をかけた。
「なぁ、定期は?」
けれど男の子はすぐに顔を横に振った。
「定期はカード入れに入れてるから・・・あ、御守り!お祖母ちゃんからもらった御守りが入ってたはず」
「御守りね。分かったわ。じゃあ、見つかったら連絡するから、名前と連絡先・・・学校名でいいから、教えてくれる?」
いくら小学生でも、初対面の人間に自宅を教えるのは気が引けるだろうと思ったわたしは、そう言いながらメモとペンを差し出した。
すると男の子は、スラスラと書き出した。
そこには、東京にある、小学校から大学まで併設された有名な学校名が記されていた。
何人か、そこの大学出身者と仕事したことがあるが、みんな品のある人だった。
わたしはメモを受け取ると、
「見つかったらすぐに連絡するから、待っててね」
男の子を安心させるように微笑んだのだった。
わたしが渡した五千円札を大事そうにしながら、男の子は何度も「ありがとうございました」と言って、待っていた友達のもとへ駆けていった。
わたしは、いいことをしたな、という充足感にひとりで満足していたけれど、
去り際、男の子が、
「財布落としたって、信じてくれてありがとう」
なんて、満面の笑顔で言うものだから、
ちょっとだけ、胸が苦しくなった。
男の子達の姿を見送りながら、わたしは知らず、両手を握り締めていた。
信じてくれて・・・・か。
今のわたしには、それが、ドロドロした気持ちの沼底にいざなう呪文のように聞こえてしまうのだった・・・・・