「・・・・え?」


なんで?なんでないの?


今、たった今ここに落としたはずのぬいぐるみが、どうしてないの?


膝をついて平台の下に頭を突っ込んだまま、わたしは固まってしまう。

だって、この下に落ちたのは間違いないんだもの。
絶対に。

それがどうして・・・・・


あんな大きなもの、見つからないはずもないのに。

なのに、まるで神隠しにでもあったように、姿形もなかったのだ。


ゾクリと、正体の知れない寒気が背筋を走り抜ける―――――――――


あるはずものがない。

それも、コインやボタンのようにどこかに紛れてしまうような小さなものではないのに・・・・


そんな、まさかと混乱する頭だったけど、体を起こしてみたとき、

「あれ・・・・」

ふと見た先に、何か折られた紙片があることに気が付いた。
ぬいぐるみが落ちたのとは反対側だ。

わたしは、恐る恐る、それに手をのばしてみる。


手のひらに収まる程度の、長細い紙を三つ折りにしてあるそれは―――――――


千円札だった。


「・・・・お札?」

今朝店をあけるときには、確かにここには何もなかったはず。
もしかしたら、お客さんが落としていったのだろうか。

・・・・でも、なんだかこの千円札、まるで今さっきまで誰かに握られていたみたいに、ちょっとぬくもりが残ってない?

いや、そんなわけない。
だって今日はまだ4組ほどしかお客さんは来られてないし、その中でこの辺りでバッグや財布を開けていた人はいなかったと思う。

わたしは不審に感じながら、その三つ折りを解いて広げてみた。
すると、ささやかな違和感を覚えた。

すぐには分からなかったけど、膝をついたままそれを見つめると、違和感の理由に気が付いた。


「これ、旧札よね・・・?」

色合いや雰囲気が似てるから咄嗟には気が付かなかったけれど、描かれている人物で見分けがつく。
これは、もうだいぶ前に変わったはずの、旧千円札だった。


今はほとんど見かけることもなくなったと思ってたけど・・・・


思いもよらない拾得物に、わたしはしばらく釘付けになっていた。

けれど、

「すみません、お会計いいですか?」

突然そう声をかけられて、慌てて立ち上がった。

「あ、はい。すみません」

拾った千円札はポケットに隠すように突っ込んで、レジ台に戻る。


いまだに旧札なんて出回ってるんだ・・・・


そう思う傍らでは、なんだか、妙な胸騒ぎも感じはじめたけれど。


だって、今落としたはずのぬいぐるみが消えて、
この旧千円札が現れた―――――――――――――


落ち着かない気持ちを抱いて、わたしは店番に戻らなければならなかった。