そろそろ奈良に底冷えの気配が訪れそうな頃、わたしが店の丸椅子に座りながらなんとなくスケッチしていると、海外からの観光客がお土産品のぬいぐるみを手に持って英語で話しかけてきた。
それは鹿のマスコット人形で、その癒し系で可愛らしい顔が特に海外の人に人気な商品だ。

これはアニメーションのキャラクターかと問われたので、アニメーションではないと答え、続けて奈良の鹿について簡単に説明すると、いたく気に入った様子だった。
なんでも、”神の使い” をこういうキャラクターにすることが興味深かったらしい。

すぐに購入を決めたので、わたしは店に出てない綺麗な状態の在庫品と交換して渡した。
持ってきたぬいぐるみは、長い間棚に置かれて、部分的に色が褪せていたのだ。

彼らの上機嫌な後ろ姿を見送ってから、わたしは交換したぬいぐるみを商品棚に戻そうとしたのだけれど、
体をひねった拍子に、レジ台に軽く乗せていたスケッチ帳がバサリと落ちてしまう。
そしてそれを拾おうとしたはずみで、持っていたぬいぐるみまで落としてしまった・・・

「あー・・・、もう!」

落としたぬいぐるみが平台の下に転がっていってしまい、つい、苛立ちが口からこぼれていた。

わたしはまずスケッチ帳を拾ってから、店にお客がいないことを確認し、しゃがんで棚の下をのぞいたのだった。


けれど――――――――



――――――ぬいぐるみは、跡形もなく、消えていたのだ。