「・・・・そうですね。社会人一年目ではなかなかできない貴重な経験をさせてもらったとは思います。・・・・残念ながら、まだ立ち直れてはいませんけど。奈良の実家に帰ったのも、なんだか東京から逃げ出したみたいで・・・」

すると、神楽さんは「そうですか・・・」と短く相槌を打ってから、

「だけど、芦原さんが奈良に戻っていなかったら、俺はこうして芦原さんに会うこともなかった」

ぽつりと、言ったのだ。

「え・・・?あ、まあ、それは、そうですけど・・・・」

深読みしようと思えばいくらでも深読みできそうなセリフに、思わず動揺してしまう。

神楽さんはそんな思わせぶりなことを言うタイプに見えなかったから、余計にびっくりしたのかもしれない。

けれど、神楽さんはそんなわたしの反応を気にすることなく、少し混んできた車線を避けるように左に車線を移した。

そして、

「デザインの仕事は、辞めてしまうんですか?」

それまでの平坦な温度とは違い、幾分か、残念そうに訊いてきた。

「・・・・分かりません。こんなこと言ったらいけないんでしょうけど、前の事務所も、もともと入りたくて入ったわけじゃなくて、先輩に誘われたから何となく入った感じですし・・・。でも、絵で食べていくなんて無茶な話ですから、もっと他の道も考えていかなくちゃいけないんですよね・・・・」

リアルに押し寄せる問題が、道の幅を狭めていく。
もう学生じゃないんだから、夢や理想を追ってばかりはいられないのだ。

神楽さんは車線変更してすぐに高速の出口に向かった。

わたしはドライブの終了を悟ったけれど、神楽さんは高速を降りてすぐの角にあったコンビニの駐車場に車を停めたのだった。


「さっきのカフェであまり飲んでなかったので、喉がかわいてしまって。芦原さんは何か飲みませんか?俺、買ってきますよ」

シートベルトを外しながら訊いてきた神楽さん。

わたしも慌てて外に出ようとしたけど、優しく制されてしまう。

「さっきは俺が芦原さんを無理やり引っ張って店を出てしまいましたから、ここは俺が買ってきますよ。ご馳走させてください」

「じゃあ・・・カフェオレか、ミルクティーを」

「ミルク系ですね」

神楽さんはフフッと破顔して、車を降りていった。