「先輩は、確かにわたしを利用したけど、事務所に誘ったのはその為じゃない、わたしの実力だと言いましたが・・・もう、わたしは何も信じられなくなっていました。わたしが辞めた後、先輩も事務所を辞めたそうですが、その後のことは聞いてません」
「ああ、それで、さっき ”辞退した” と・・・・」
カフェでの先輩を思い出したのか、神楽さんが、理解した、というように呟いた。
「・・・・本当のところは分かりません。もう、確かめる術もありませんし。でも、先輩のことを思い出すのも嫌だったわたしは、考えないようにしていました。”憧れていた人に裏切られた” という事実は、わたしに、人を信じられなくさせたんです」
進路に迷っていたとき、インターンで知り合った先輩が優しい言葉をくれるたび、自信を持たせてくれるたび、
靄かかっていた道が明るく晴れていくように見えた。
――――――――けれど、先輩の裏切りは、一気に暗いトンネルに突き落とし、出口を塞いだのだ。
わたしが口を閉じると、少しの間、沈黙が流れた。
いったいどこを走ってるのか見当つかないけれど、神楽さんも特に目当てをつけて運転しているようには見えなかった。
けれど、首都高のおかげで久しぶりの東京の街をダイレクトに見ずに済んで、わたしにはよかったのかもしれない。
前の車がブレーキを踏んだので神楽さんも軽く速度を落とし、それがきっかけのように、神楽さんは静かに話しはじめた。
「大変だったんですね・・・・」
それは、同情しているとかそんな感じではなく、ただの感想のように聞こえた。
そんなフラットな印象に居心地の良さを見つけたのか、わたしは気安く受け答えができたのだった。