「先輩・・・・」
「・・・ひさしぶり」
そこに立っていたのは、わたしの前の職場の先輩で、インターンをしていたわたしを引き抜いてくれた人だった。
「髪型が変わってるから、すぐには分からなかったよ」
なるべく普通に接しよう、そんな空気感が伝わってくる口調。
「短いのも似合ってるな」
社交辞令のような誉め言葉も、以前は顔が火照るほど嬉しかったのに・・・・
今は、心臓を凍てつかせる。
わたしは顔を逸らすと、無意識に、肩の上で揺れる髪先を触っていた。
「奈良の実家に戻ったって聞いてたんだけど・・・」
恐る恐る、といった様子で話し出す先輩に、わたしは身構えた。
「でもここで会えてよかった。少し話せるかな」
そう言って、先輩はわたしの向かいに座っている神楽さんをちらりと見た。
神楽さんは私たちの会話を静かに見守っているけれど、頼まれたら、きっと席を離れるだろう。
けれど、先輩とふたりきりにされたところで、わたしには話すことなんて何一つない。
先輩だって、今さら何の話をするつもりなの?
今さら、何の・・・・
頭の中で疑問と緊張と苛立ちが入り混ぜになった瞬間、わたしは、派手な音をたてて椅子から立ち上がっていた。
「わたしは、何もお話しすることはありません」
微かに、声が震えていた気がした。
わたしの異変に気付いてくれたのか、それまで黙っていた神楽さんもスッと立ち上がった。
そしてわたしの荷物を手に取ると、隣まで来て、わたしの肩を抱き寄せた。
「申し訳ありません。そろそろ出ないと次の予定に間に合わないので」
凛と、先輩に告げる神楽さん。
そのままわたしの腕を引いて、わたしはされるがまま引き寄せられて。
そして、え・・?とびっくり顔の先輩の脇を通り過ぎ、神楽さんはまっすぐ出口に向かった。
神楽さんが会計を済ます間も先輩は途方に暮れたように私達をみていたけれど、
またわたしの腕を握った神楽さんが、カフェの扉を引いたとき――――――――
「あれ辞退したから!」
先輩の大きな声が、店に響いた。
腕を引かれながらわたしが顔だけを振り向かせると、
「本当にすまなかった」
表情を殺した先輩の眼差しと、ぶつかる。
その刹那、わたしは立ち止まってしまった。
腕を握ったままの神楽さんも足が止まって、ほんの数秒、三人の視線が絡まる。
何も知らない神楽さん、先輩の声に反応したカフェのスタッフやお客、こんなに人目のあるところなんだから、冷静に、大人の対応をしなければならないのは分かっているけれど・・・・・・
わたしは先輩から逃げるように、頭を下げた。
「失礼します・・・・」
到底先輩にまでは聞こえないような小さな声で、そう言うのが、今のわたしの、精一杯だったのだ・・・・・