提案された待ち合わせに躊躇いを見せると、電話の向こうからは心配げな声が届いた。

《・・・ご都合悪かったですか?奈良からなら新幹線かと思ったんですが、羽田の方がよかったですか?》

「あ、いえ、ええと・・・・」

今から週末のエアーチケットが取れるかどうかは分からない。
その点新幹線なら自由席もあるし、時間的にも2時の待ち合わせだったら問題ない。

この場合、何かと融通が利くのは新幹線の方だ。


わたしは少しの思案のあと、

「2時頃、東京駅で、大丈夫です」

約束を、交わしたのだった。


その後、具体的な待ち合わせ場所を決めて、わたしは新幹線のチケットが取れ次第連絡をするということで、お互いの番号とアドレスを交換した。


《それじゃ、新幹線の時間が分かったら必ず連絡くださいね》

そう言った神楽さんは、わたしが「失礼します・・・」と告げても、通話を切るまでそのまま待っていた。

無言で繋がっていたその僅かな間が、神楽さんの誠実な人柄を教えてくれるようで、わたしは、はじめて会話した人にもかかわらず、神楽さんに好印象を抱いたのだった。


マンションを引き払って実家に戻ってくるとき、もう東京に来ることもないかもしれないなと、そんな風に思って感傷的にもなったりしたけれど、
まさか、こんなに早くまた東京に行くことになるなんて・・・・・



『・・・・辞める?辞めるなんて、お前が辞める必要なんてないだろ?!』


ふいに、あの時の光景に心が引きずり込まれそうになる。

もう、思い出したくもないのに・・・・・


わたしは手の中の財布を見つめ、過去の痛みに蓋をした。


思ってもいなかった展開だけど、この財布を届けるという大義名分を掲げていれば、気持ちは落ち着くことができるだろう。

そして、待ち合わせの相手が神楽さんだったら、なんとなく、大丈夫そうに思えたのだった。


なんとなく、だったけど・・・・・・・