あのとき、自分の才能に自信をなくしたわたしは、将来に不安を抱えて、保険で教員免許を取得していた。
でもまさか、それが役立つなんて、あの頃は想像できなかった。
それが、今こんな風につながっているのだ。
ふと、思うことがある―――――――
もし、わたしが東京で傷付いて実家に戻らなければ、
きっと、神楽さんと出会うことはなかった。
あのとき、もし神楽さんが手紙を見つけていなかったら、
今の神楽さんは医師だったはず。
神楽さんと出会えたおかげで、わたしはまた描きはじめて、
わたしがあの日手紙を書いたから、神楽さんは今教師をしている。
それぞれの地点で、いくつもの別れ道があったんだ。
その時その時目の前にある中から選んで、迷いながらも選択した道を進んで、またたくさんの道と交差する。
そのどれが欠けても、”今” にはならないのだと――――――――
わたしは、目の前に立て掛けたキャンバスを見つめた。
趣味にしては、いささか頑張りすぎた感のある作品。
美術準備室をアトリエ代わりにしてもいいという許可を得て、4月から描きはじめたものだ。
実家にいる頃はスケッチがほとんどだったから、色を合わせる感覚とか、独特の匂いとか、筆の持ち方とか、そのぜんぶが懐かしかった。
こんなにもちゃんと描いたのは、大学以来だろう。
なんの目的もなく描きはじめたものだけど、それも、そろそろ出来上がりそうで。
「タイトル、つけなきゃ・・・・」
わたしがそう独り言をこぼしたのと、
扉をノックする音が聞こえたのは、
ほとんど同時だった。