目の見えない凶姫は、いつも暗闇の中に居るようなものだ。

視力を失って以来、昼でも夜でも簡単に眠れるようになり、その日も皆は起きていたのに凶姫ひとりすやすやと自室で寝ていた。


――だが、悪夢は頻繁に見る。

この日も暗闇の中何者かから腕を掴まれて引っ張られた気がして飛び起きた。

心臓は早鐘のように強い鼓動で鳴り続け、不安で押し潰されそうになった凶姫は床から抜け出して壁伝いに歩き出した。


「月…どこ…?」


雪男や柚葉も居たが、頭に浮かんだのは朔の優しい手つきと声。


抱きしめてほしい。

そうすればきっと落ち着くことができる。


「どこなの…?居るんでしょ?」


気配があるのは分かっている。

間取りをまだ把握していなかった凶姫はふらふらと朔の気配を追って歩き続けた。

どうしてもこの不安から逃れることができない――だから、自分を救ってくれた朔の傍に居ればきっと安心できる…


「月!」


「おっと………どうした?」


朔の居場所を突き止めた凶姫が勢いよく戸を開けると、一瞬朔が言葉に詰まった。

仁王立ち状態の凶姫は腰に手をあてて自慢げにふんぞり返る。


「探したのよ。…ここ、どこ?」


「どこって…ここは風呂場だけど」




……一瞬その意味を考えた凶姫は、身体にまとわりつく湯気で本当にそこが風呂場だと気付いたが…動じることなくその場に居続けた。


「あらそうなのね。じゃあ裸なのね?」


「うん」


「でもいいでしょ?私、目が見えないから月の裸なんて見えてないわよ」


「そういう問題じゃ…」


「おい、なんか大声が……って凶姫!な、なにしてんだ!」


騒動を聞いて駆け付けた雪男が、湯船に浸かって苦笑している朔と朔の前で仁王立ちしている凶姫を見て絶句。


「襲われそうになったんだけど」


「お、襲ったりしてないじゃない!探してたのよ!」


「ま、まあまあとりあえず落ち着け俺。ほら凶姫、主さまの憩いの時間を邪魔すんじゃない!主さまはごゆっくり!」


「ああ。凶姫、後で話を聞く」


「絶対よ」


相変わらず恥ずかしがる気配もない凶姫に朔がくつくつと笑う。

凶姫の不安は朔に会ったことですでに消し飛んでいた。