宵の朔に-主さまの気まぐれ-

柚葉は疲れやすい。

それもこれも凶姫の傷を毎日必死になって治癒の術を使って癒しているからだ。

一日数回に及ぶ術の行使は柚葉をひどく疲れやすくさせていて、そして自らが負った傷の回復もそのせいで遅れていた。


「朔、そなたからももう術は使わぬよう進言してはもらえぬか」


「そうですね、俺の方から言っておきます」


「…もう私は大丈夫って言ってるのにあの子ったら」


柚葉を薬で半ば強制的に眠らせた後、朔と晴明と凶姫は居間で茶を飲みながら柚葉の頑固な一面に不満を漏らしていた。

以前ここに居た時には見せなかった頑固さでもって、凶姫の傷の治療は全て自分がやるのだと決意して話を聞かないのだ。


「ところでお祖父様、凶姫の傷の具合は」


「ああそれはもう柚葉のおかげでほぼ完治したといってもいい。掌を見せてごらん」


凶姫が素直に両の掌を差し出すと、朔はそれを覗き込んでもう傷すら見当たらないきれいな手に感嘆の吐息をついた。


「これはすごい」


「すごいけれど、代償がなんとも大きい。そして逆に柚葉の治癒が遅く、私の薬でもまだ完治には程遠いのだ。朔、絶対に柚葉には無理をさせるのではないよ」


「はい。お祖父様、ありがとうございました」


また来るよ、と言って屋敷を後にした晴明を見送った朔は、柚葉の様子を見に行っていた雪男と廊下で合流して報告を受けた。


「ぐっすり寝てる」


「そのまま寝かせておいてやってくれ。だけど柚葉があんな強固に治療を続けるとは思ってなかった」


「柚葉は…全部知ってるから。私がどんな目に遭ったか…私がこの前あの男にどんなことをされたか…部屋の隅で見てたんだから」


「…そう」


具体的に聞くわけにはいかず、背後をゆっくりついて来る凶姫の言葉に耳を傾けていると――凶姫がつんと袖を引っ張ってきて立ち止まった。


「どうしたの」


「…聞かないの?」


「大まかには聞いたから詳細は話さなくていい。お前たちは強いな」


「そうならざるを得なかったのよ」


そんな世界を恨む――

怨嗟の声は今も、止まらない。