宵の朔に-主さまの気まぐれ-

屋敷には常に強力な力を持つ誰かが詰めていた。

銀、焔、白雷、雪男、氷輪、朧――

そのうちのたったひとりであっても一騎当千。

特に九尾の銀は名のある大妖で、いつも屋根の上で惰眠を貪っているのを凶姫は知っていた。


「あんなにみんな強そうなのに、月はもっと強いのかしら?」


「それはそうですよ。私も実際は見たことはありませんけど、主さまは妖の頂点に立つ方ですから」


「ふうん。九尾も仲間に居るなんてね。安倍晴明も知り合いみたいだし、じゃあ本当に…」


――本当にあの憎き“渡り”を殺してくれるのかしら…?


その言葉を飲み込んだが、柚葉は凶姫が何を言いたいのか察して小さく頷いた。


「主さまならやってくれますよ。必ず」


柚葉は手元に目を落としながら凶姫を励ました。

朔が返してくれた荷物の中に完成間近の着物があり、それに刺繍を施していたのだが、とてもいい出来栄えになって凶姫の肩にあててみた。


「よかった、姫様にとてもよく似合う」


「え?私にくれるの?」


「ええ、ぜひもらってやって下さい。私こういう鮮やかな色が似合わないから」


「それって私の顔が派手って意味かしら?」


縁側できゃっきゃと声をあげて話をしているふたりの会話を屋根の上で寝転びながら聞いていた銀は、にやにやしながら隣に座っている妻の若葉を見上げた。


「朔にもとうとう嫁を貰う日が来るとは」


「でもふたり居るよ。朔ちゃん昔からお嫁さんはひとりでいいって言ってたし」


「絞る必要はない。どちらも選べないなら両方嫁に貰えばいいじゃないか」


「それ朔ちゃんに言わない方がいいよ、多分すごく怒られるから」


「それは困る」


当の本人はまだ寝ていて屋敷の守りを任された面々が各々の方法で侵入者が現れないように気を配る。

密かに戦闘態勢に突入していた。