宵の朔に-主さまの気まぐれ-

「い、やぁあーーーーっ!」


「凶姫!」


――絶叫は夢から覚めた後にも続いていた。

誰かに強く抱きしめられてはっと我を取り戻した凶姫は、間近にある朔の心配そうな顔を見てその胸を突き飛ばして壁際までずるずる後退した。


「私…私…!」


「大丈夫か」


「…平気よ。ちょっといやな夢を見ただけ…」


がたがたと震えながらなんとかそう答えた凶姫は、朔の背後に柚葉が居るのが見えて震える手を伸ばした。


「柚葉、ここに来て…!」


「姫様…また見たんですね?あの夢を」


「ふふ…なんて体たらくなのかしら。忘れたいのに忘れられない」


そして朔がじっと顔を見ているのを感じた凶姫は、頬が濡れていることに気付いて乱暴に手の甲で涙を拭うと、ぷいっと顔を逸らした。


「今のは忘れて」


「よく同じ夢を見るのか」


「そうね、よく見るわね。こんな澄んだ夜空の日には」


明け方朔が戻って来ると同時に凶姫が叫んだため慌てて部屋に駆けこんだが――柚葉は落ち着いているし、凶姫もはじめて見た夢ではないという。


同じ夜が繰り返されている――


それほどまでに心の傷になっていることは否めず、朔はそれ以上追及せずに凶姫の細い肩をぽんぽんと軽く叩いた。


「そうなんだな。じゃあこの部屋の障子は閉め切っておこう」


「澄んだ夜空の日以外は別にいいんだけれど」


「ん、皆にそう言っておく」


凶姫は額を伝う汗を拭い、ようやく震えが収まった身体を自身で抱きしめる。


あの男はまた目の前に現れる――

いやな予感がしていた。