宵の朔に-主さまの気まぐれ-

早朝の朝焼けを見ていた。

もうあの燃えるように赤い朝焼けの色は思い出せないけれど…ここの空気や雰囲気はとてもきれいで、汚れた身が清らかなものに包まれている気がした。


「私は…これでいいの?私は…生きていていいの?」


誰に問うでもなく、ただ自分の存在意義とは一体何なのか――自身に問いかけたが、内側に宿るは怨嗟の声。

この世界を。

あの男を。

この汚れた身のまま生きている自分を――


「もう汚れてない部分なんかない。私は汚れ切ったままこの世界を生きていくの?それくらいならいっそ…」


――空から花の良い香りがしてはっと顔を上げた凶姫は、まるで天の使いのように舞い降りてきた朔を閉じた目で凝視した。


「帰って来たのね」


「ああ。…思い悩んだ顔をしていたけど、どうした?」


「呪っていたのよ」


「え?」


「この世界を呪っていたの。理不尽なこの世を。生かされている自分を。ままならない人生を」


「…少し歩こう」


朔に促されて広い庭に裸足で降りた凶姫は、きれいに整備されたやわらかい草の感触に自然と笑みを履いた。

ここは楽園なのか?

この世から消えてしまいたいと思ったから、こんな幻想を見ているのか?


「大変なことが起きたばかりでつらいだろうが、俺がやれることはやる。“渡り”をのさばらせているつもりはない。しばらくは何も考えず養生してほしい」


「何も考えず、ですって?今までずっとそうしたきたわよ!」


――突然声を荒げた凶姫に足を止めて振り返った朔は、唇を噛み締めて拳がわなないている凶姫を見つめた。

…矜持が高く、高潔なその魂。

全てを踏みにじられて、何も考えずに生きていくことを決めたその姿は弱弱しく、振り上げた拳は朔の胸を何度も打って呪いの言葉を吐き出す。


「呪ってやる!私をこんな目に遭わせたあいつを許さない…!こんな世を恨むわ。こんな私を…恨んで…恨むわ…!」


「…それでいいと思う。お前は傷つきすぎた。何も考えずに生きていくことは考える力を与えられた俺たちにはとても難しいことだ。…どうしてほしい?してほしいことはあるか?」


胸を打つ拳が止まった凶姫は、背中を向けて震える声でそれを拒否した。


「…何もないわよ。してほしいことなんて」


「じゃあ俺は俺がしたいことをする」


そのか細い身体を、朔の腕が抱きしめた。