宵の朔に-主さまの気まぐれ-

翌朝戻るなり柚葉の部屋を訪れた輝夜は、もぬけの殻の室内を見て首を傾げた。

会いに行くと言ったのに部屋に居ないとは一体どういうことだろう、とそわそわしながら居間や風呂場にも顔を出したがそこにも柚葉の姿はなく――


「一体どこに…」


まさか…

まさか作戦が失敗して、この屋敷を出て行ってしまったのでは――

慌てて屋敷を出ようとした時、自室に人の気配を感じた輝夜がそっと襖を開けると、そこに縁側に座っている柚葉の後姿を見つけてほっとした。


「お嬢さん…捜しましたよ。どうしました?」


「…」


振り返りもせず返事もなく、どうしたらいいのか分からず途方に暮れて立ち尽くしていると、柚葉がゆっくり立ち上がって部屋に入り、庭に通じる障子を閉めた。

もう秋に入って夜明けも遅くなり、まだ薄暗い部屋の中、ふたりは立ったまま向き合っていた。


「…あの娘さんたちのことを怒っているんですね?」


「…」


「あなたがいやならすぐに帰ってもらいます。私には必要のない娘さんたちですから」


「……お嫁さんを貰わなきゃいけないんじゃないんですか?」


作戦の内容は、多数の恋文や縁談が来ているから一度会えという内容のため、あの中から選ばなければいけないというわけではない。

首を振ると柚葉は少し俯いて、羽織をぱさりと床に落とした。


「…お嬢さん?」


「鬼灯様…泉で私に‟お嫁さんになりたいって言わせてみせる”って言いましたよね」


「ええ…言いましたけど…」


「だったら…今すぐ私をお嫁さんにして下さい」


「……え?」


戸惑っている間にも柚葉は帯を外し、着物を脱ぎ、襦袢を脱いで一糸纏わぬ姿を見せて、輝夜の喉を鳴らせた。


「私の嫁に…なりたい?」


「…はい。鬼灯様のお嫁さんになりたいんです。あなたが他の人を選ぶなんて考えられない。だからもし今私を好きでいてくれても、そんなに好きではないのなら…言って下さい。すぐにここを出て行きますから」


――目が赤く、腫れていた。

不安を隠し切れず今も泣きそうな顔をしている柚葉に歩み寄って力いっぱい抱きしめた輝夜は、万感の思いで耳元で囁いた。


「嬉しいです…。今まで生きていた中で、一番嬉しい」


「鬼灯様…」


答えは決まっている。

この娘を嫁に貰う。

自分にはこの娘が必要だと、魂が告げていた。