宵の朔に-主さまの気まぐれ-

「お嬢さん、そろそろあちら…に……」


屋根瓦を替え終えて店内に入った輝夜は、土間を上がって一階の部屋に顔を出すと――柚葉が四つん這いになって新しい畳の乾拭きをしていた。

お尻をふりふりしている柚葉を後ろから眺める格好になった輝夜は、腕を組んでうんうんと何度も頷いていた。


「これは素晴らしい光景に出会いました。眼福眼福」


「え?あ、鬼灯様…どうしたんですか?」


「いいえ、なんでもありませんよ。後は雪男たちに任せて行きましょう」


顔を上げた柚葉はたすき掛けを解いて持って来ていた風呂敷を手にじりじりと後退りをした。


「あの…着替えるのでちょっと後ろを向いてて下さい」


「はいどうぞ」


真面目な男は言われた通り後ろを向いて待っていたのだが…もぞもぞと音がするのと誘惑に負けてほんの…ほんの少しだけと思って肩越しに振り返った。


――それは後ろ姿だったが全くもって豊満でもなく、ふわふわな長い髪が身体を覆い隠していたためほとんど見ることはできずとも、露わになった細い肩を見ただけで輝夜の目と牙は疼いて警鐘を鳴らしていた。


「ああ、やばい…これはやばいですね…」


「お待たせしました。…鬼灯様?どうかしました?」


「どうかしてますけど自分で対処できますのでお気になさらず。さあ、行きましょうか」


店を出ると握り飯をもぐもぐしていた雪男が軽く手を挙げてにかっと笑った。


「じゃ、後は任せとけ。あっちで悪さすんなよ」


「ええ、お土産を買ってきますのでお楽しみに」


柚葉と肩を並べて幽玄橋の前まで来た輝夜は、橋の中央に立っている番の赤鬼と青鬼の巨体を見上げて親しげに声をかけた。


「赤、青、後で荷物を運んでほしいのですが」


「おお輝夜かこの野郎、俺たちを荷物運びに使う気だな?いいとも息吹の愛息の頼みは断れん」


幼い頃から輝夜の遊び相手だった赤鬼と青鬼が真名で呼んでいることを密かに羨んだ柚葉は、平安町で粗相をしないよう緊張しながらおずおずと輝夜の袖を握った。


「袖は…いいですよね?」


「いいですよ。さあお嬢さん、あなたのおねだりを全て叶えられる金額を用意しましたから、なんなりとお申し付け下さい」


柚葉の全開の笑顔に心が躍った。