宵の朔に-主さまの気まぐれ-

「ここに…住むなんて…」


「え?全然考えていなかったわけではないでしょう?あなたは兄さんと凶姫の恩人なのですから」


自室に戻った柚葉は手持無沙汰になって作りかけの巾着を弄りながら半ば茫然としていた。

輝夜はそんな柚葉の隣に座ったものの触れるでもなく、薄紫の反物に白い糸で蝶をあしらった形を縫い付けながら、相変わらず微笑んでいた。


「でも私…なんにもできないですよ」


「なんにもできない?あなたは膿んでいた兄さんの心を救い、凶姫の孤独な境地に光を差させた存在ですよ。言っておきますけど兄さんはあなたを手放すつもりは毛頭ありませんよ。…あ、もしかしたらそうやって気を引いて愉悦に浸りたいわけですか?」


「ち、違います!私、店の二階に住もうと思ってて調度類も自分で作ろうと思ってたんです。…あそこに私が住むのはみんな反対ってことですか?」


顔を上げた輝夜は、もう前髪で前を隠すでもなく美しい美貌を晒したままにこりと微笑んで、柚葉をどきりとさせた。


「そうですよ、あなたひとりで住まわせるのは皆反対です。ですが私が一緒に住めばどうということはないんじゃないかな」


「……え?今…なんて言いました?」


「え?私いまおかしなことを言いましたか?至極まともなことを言ったつもりですが」


「………いえ、多分私の聞き間違いなので。でもこれ以上お言葉に甘えていいんでしょうか…」


「兄さんたちがそう望んでいるのだから、そうするべきなんじゃないでしょうか」


「…鬼灯様も…そう思ってくれます?」


はたと見つめ合ったふたりだったが、輝夜の朔に似た目元に笑みが沸いたのを見た柚葉はぱっと顔を逸らしてふっと笑われた。


「もちろんそう思いますよ。ですからお嬢さんがあの建屋に住むと決めた時は私も一緒ですし、ひとりにさせる心配はないということになりますからね」


「…え?今なんて?」


「え?私いまおかしなことを言いましたか?至極まともなことを言ったつもりですが」


「……いえ、多分また私の聞き間違いなので」


絶対に信じたくないのか、同じやりとりをした柚葉は首をふるふる振って考えを打ち消しながらひたすら考え続けた。