宵の朔に-主さまの気まぐれ-

朔が幽玄町に出かける前に傷の治療をしたため、柚葉はぐったりして部屋で寝転んでいた。

だが朔から呼び出しを受けて眠い目を擦りながら居間へ行った柚葉は、そこに朔と凶姫が居るのはもちろん、輝夜の姿もあって足を止めた。


「な…なんですか?」


「柚葉、さっきお前が出店しようとしてる建屋に行ったんだ。…端的に言うが…ぼろくないか?」


その点に関しては柚葉も建屋内を見て詳しく把握していたため、正座していた膝の上で拳をぎゅっと握って頷いた。


「はい、でも出店の前にきれいにしようと思っていたので…」


「きれいにする、っていう程度のものじゃないぞあれは。台所も部屋も荒れ果てていたし、風呂の窯は錆びてた」


「で、でも!私器用なので、直せるところは自分でやろうと思っていたので」


「ほらね、そう言うって言ったでしょ?」


朔の隣に座っていた凶姫がため息と共にひそりと呟くと、朔はうんうんと頷いて有無を言わさぬ笑顔を柚葉に向けた。


「申し訳ないが、あそこにひとり住まわせるのは感心しない。せめてここから通うということで納得してもらえないかな」


「え……でも私は十分主さまにお世話になったので、これ以上ご迷惑をおかけるするのはちょっと…」


「俺は世話はしたけどそれは好きでやったことだし、迷惑だとも思ってない。お前の許しさえあれば俺たちの手できれいにして、できるだけ快適な状況を作りたい。そしてやっぱりここに住んでほしい」


「そうよ柚葉。私を置いてひとりで暮らすなんて言わないでちょうだい。あなたには生まれてくるこの子の良きお姉さんで居て欲しいの」


朔と柚葉に説得されてあわあわしながら助けを求めてじっと黙っていた輝夜を見つめると――

輝夜は肩を竦めて、可愛らしく小首を傾げて見せた。


「お嬢さんの好きなようにすればいいんですよ」


「あ…あの…ちょっと時間を貰えますか?」


「うん、それはいいけど俺は考えを曲げるつもりはない。お前が俺の厚意を迷惑だと考えるならはっきりと言ってほしい」


「分かり…ました…」


「お嬢さんはまだ疲れが取れていないので部屋で休ませてきますね」


「うん、頼んだ」


朔に願われて柚葉を伴って廊下に出た輝夜は、押し黙っている柚葉ににこりと笑いかけた。


「あなたは愛されていますねえ」


だが返事はできず、ただただ戸惑っていた。