宵の朔に-主さまの気まぐれ-

抱き着いたまま離れない凶姫が落ち着くまでずっと背中を撫でていた朔は、障子の外に雪男の影を見て身体を起こした。


「出かけないと。一緒に行く?」


「…まっすぐ帰って来る?」


「いや、柚葉の店がどんなだか見に行ってくるから少し遅れるかも」


「…じゃあ私も一緒に行く」


意地でも離れない――そんな覚悟がひしひしと伝わってきてにやにやが止まらなくなった朔は、そのまま凶姫を抱き上げて立ち上がると、無作法ではあるが足で障子を開けて雪男に驚かれた。


「ん?どうした、具合が悪いなら晴明に診てもら…」


「いや、大丈夫だ。行くぞ」


庭に安置されている黄泉たちの躯の傍に晴明の姿があり、数珠を手に振り返って朔を見ると、ふっと微笑んだ。


「死に顔を見たが、悪人とは思えぬ安らかな顔で驚いたよ。満願成就でも叶ったかのようだね」


「それに近いと思います。お祖父様、行きましょう」


「牛車を用意しておいたからそれに乗るといい」


百鬼たちが大八車に黄泉たちの躯を乗せて先に出発すると、朔は凶姫を牛車に乗せてそれには乗り込まず、大八車の傍を歩き始めた。

…自らの手で椿を殺めることになってしまったことが苛まれる。

まだ雛鳥に近しかった自分に色々教えてくれたこと――恩を仇で返すことになってしまったかもしれないが、安らかに眠ってもらうために何度だって墓地へ弔いに行く覚悟だった。


「朔…」


「俺は歩いていくから乗っていてくれ」


彼女には悪いけれど、若かりし頃を鍛錬を積んで日々過ごしたあの時代を蔑ろにはできない。


「師匠…もうすぐ着きますよ」


安息の地を与えるために――