宵の朔に-主さまの気まぐれ-

体調が良いとはいえいつ悪くなるとも分からず、朔は片手に番傘、片手にしっかり凶姫の手を握って幽玄町の繁華街に繰り出した。

こうして町に下りること自体は滅多にしない。

何故ならば…大混乱が起きるからだ。


「あ、あの方は…主さまじゃないか!?」


「おお、なんという幸運。一生自慢できる!」


口々にそう言って道を譲るが、誰も直接朔に話しかけたりしない。

それはとても恐れ多く、また目でも合ってしまえば虜になってしまって廃人になってしまうかもしれないからだ。


「ねえ…すごく見られてるわ。私、穴が空いてない?」


「慣れてくれと言うしかないな。それより余所見して転ばないで」


しっかり手を握られているためその分衆目もものすごいものがあったのだが、朔はどこ吹く風で店内にも目を遣る始末。

目立つと思うとは言われたものの、まさかここまでとは――


「ええと…八百屋に寄ってその後肉屋…」


息吹から頼まれた買い物を全うするため八百屋に寄った朔は、店主の足ががくがく震えているのを見てにっこり笑いかけた。


「野菜が欲しい」


「は…っ、はい、どちらをお求めで…」


「これと、これを」


鮮度の高いものを選んで金を渡そうとすると、店主は強情にそれを受け取らず深々と頭を下げた。


「お、お代は結構でございます!」


「いや、それは困るんだ。母に必ず金を払うようにと言われているから」


――息吹は日頃よく幽玄町で買い物をしているため、皆の覚えもいい。

明るく気立てもよく朗らかで世間話もよくするため、息吹が話題に上がると店主の顔はすぐ綻んで金を受け取ってくれた。


「では後でお屋敷まで届けに参りますので」


「うん、それは助かる。じゃあ行こう」


八百屋を出ると、凶姫は朔の手をきゅっと握って見上げた。


「息吹さんってすごいのね」


「だってあの父を夢中にさせた人だぞ。すごくないわけがない」


そこでようやく凶姫にも余裕が生まれて、露店にあるものを見ることができるようになった。

ほっとした表情を見せた凶姫の手を繋いだまま、次の店へと向かった。