宵の朔に-主さまの気まぐれ-

戻って来た冥を無表情で待っていた黄泉は、両腕以外どこも壊れていないことを確認してからゆっくり起き上がった。


「主…支えることができず申し訳ありません」


「ふん、こんな傷、大したことはない」


強口を叩いてまっすぐ立った黄泉は、手元に戻って来た石と化している目を大切そうに胸に抱きながらも震えている凶姫を見て小さく息をついた。


これからもきっと、凶姫が理想の女になる。

傀儡として。


散々嫌われることをしてきたのだから、あの態度も当然と言えるが…結局は殺さず生かしたことがきっかけでこんなに追い詰められる結果になったことがなんだかおかしくなって、くつくつと笑った。


「俺はそっちに行っていいんだな?」


「妙な動きをすると取引は反故だ」


「俺を殺すと言うわけか?そうなると、芙蓉の目は見えるようにならないが…いいのか?」


――これはもはや自分たち‟渡り”と呼ばれる生き物の習性。

嘲りながら嘘にまみれながら相手を挑発してしまうのは習性として抑えようがなく、きれいな顔をしかめた朔にまた笑みが零れつつ、ゆっくりと近付いて行く。


まさに魑魅魍魎――この国に住む妖の中でもかなり上位の者ばかりが集まり、自分の一挙手一投足を見られている様は決して面白いものではなかったが、冥をその場に待たせてようやく凶姫の前まで辿り着いた黄泉は、小刻みに震えている凶姫の全身を眺め回して惜しんだ。


「お前を手に入れられず本当に残念だ。どこもいじらず最高の傀儡になれただろうに」


「声をかけるな。やるべきことをやって、直ちにこの国を去れ」


朔に身体を割り込まれて凶姫を隠されると、黄泉は肩を竦めて手を差し出した。


「その目をよこせ」


「決して欺くな」


朔の少し切れ長の目が炯々と光る。

まだ震えている凶姫の手からそっとふたつの石を受け取った朔が、それを黄泉に差し出す。


凶姫が再び完全な姿を取り戻す瞬間が、やって来た。