宵の朔に-主さまの気まぐれ-

輝夜が自ら作った次元の穴へ消えてから随分経った。

落ち着きを取り戻した凶姫は朔にもたれかかりながら、消えて行った場所から片時も目を離さなかった。


「朔…輝夜さんたちがこのまま戻って来ないなんて…ないわよね…?」


「ない。俺の弟だぞ、何がなんでも柚葉と一緒に帰って来る」


「私、目を取り戻すのは諦めてもいいわ。柚葉が戻って来てくれるなら…」


「そうだな…俺もそれでいい。お前の目が見えても見えなくても、気持ちは変わらない」


――ふたりが交わしている会話を膝を抱えて聞いていた冥は、鼻で笑ってさらに体勢を丸くして顔を隠した。

主は戻って来るだろうか?

本来なら凶姫を攫って愉悦に浸っているだろうに、主の傍に居る女は主が見向きもしなかった女だ。

しかもその見向きもしなかった女を、主が天敵と定めていたあの男が追いかけて行った――

主は戻って来るだろうか?

いや…

戻って来れるのだろうか?


「冥って言ったなお前。今頃輝夜にぼこぼこにされてると思うけど、殺されてないといいな」


「…私は生きている。だから主も生きている」


「ふうん?ちなみに俺たちがお前を殺さないとは言ってないけど、お前を殺したら主のあの男は逆上するか?」


雪男の問いに、また冥は薄い笑みを履いた。

そんなの、決まっている。


「私が生きていても死んでいても、主は喜ばないし悲しまない。私は何の糧も生まない」


朔は今まで終始無表情を崩さない冥が僅かではあるが感情の色を見せたことに、凶姫を朧に任せて立ち上がった。


「冥」


強制力のある低い声色で名を呼ばれた冥は、びくりと肩を震わせて顔を上げた。


この小さな島国だけれど、最強と言わしめる男――少し切れ長の目で涼しげに撫でられてぞくりとしながら、なんとか視線を合わせ続けた。


「お前の主が生きているなら、俺が殺す。お前も死ぬことになるが、一蓮托生の身なら仕方ないと割り切ってもらえるな?」


「…共に死ねるなら」


本望だ。