宵の朔に-主さまの気まぐれ-

これは困ったことになった――

予想だにしていなかった柚葉の行動に、初心な童のような…はじめて口付けをした時のように硬直してしまった輝夜は、ただただ柚葉のやわらかい唇を感じながら、またもや突っ立っていた。


この人は本当に予想できないことをしてくる――


ただ唇が押し付けられただけの行為だったが、さっきから今まで感じたことのない妙な胸騒ぎを覚えて自分が自分でないような、恐ろしさにも似た感情に襲われていた輝夜は、ふわふわの癖毛が頬をかすめながら柚葉が離れていくと、自身の唇を指で撫でた。


「今のは…なんでしょう…」


「さあ…なんだと思いますか?分かりませんか?」


おずおずとどんどん後退りしながら離れていく柚葉を今だ茫然と見ていた輝夜だったが、ここで決定打の一言によってさらに茫然となった。


「一度しか言いませんからよく聞いて下さいね。……私、あなたのことが好きです」


「………え?…もう一度言ってもらえます?」


「だから!一度しか言いませんって言ったじゃないですか!もう言いませんから!絶対!」


――なんだかふわふわした気持ちになった。

さっきまでは苛立ちや胸やけのようなもので満たされていたが、今は違う。

ふわふわして、足元が浮いているような気持ちになった。


「あなたが助けに来てくれて嬉しかったです。だけどそれまでの間、私は黄泉さんに殺されるかもしれないって覚悟もしてました。だけどこの人は身の上話をしてくれたんです。どうして姫様にあんなことをしたのか…それと冥さんとの恋物語を。そんな話聞いちゃったら、目の前で殺されるわけにはいかないんです。特に…あなたは駄目。殺しなんてしたらまた泣いちゃうでしょう?」


「…泣いてなんかいませんし、それに兄さんと何度も百鬼夜行に出て殺しもしていますが」


「それはあなたが正義だと思う行いをしているからでしょう?もし黄泉さんの話を聞いた後でも殺そうと思いますか?私はそうは思えません」


必死になって言い募った。

絶対に殺しなどさせない、と。


「…」


「あなたが悲しむのはいやです。あなたが傷つくのはいやなんです。鬼灯様…明るい所へ連れて帰って下さい。黄泉さんも一緒ですよ、もう二度とこの国には来ないと約束して下さい」


それまで傍観していた黄泉だったが、柚葉の迫力に頷くより他なかった。


柚葉はその場の空気を圧倒的に支配していた。