宵の朔に-主さまの気まぐれ-

胸の奥を蟲が這いずり回るようないやな気持ち悪さに襲われた輝夜は、刀を下ろして胸を押さえたまま突っ立っていた。

後方にいた柚葉は突然輝夜が静止して刀を下ろしたのを見て、黄泉から攻撃を受けて怪我を負ったのではないかと不安になって、治癒の術を使ったせいで立つのも精一杯だったが、なんとか輝夜の元まで辿り着いた。


「鬼灯様…?どう…したんですか…?」


「さあ…分かりません」


「分からないって…怪我は?どこか傷ついたんですか!?」


「分かりません…」


背の高い輝夜を見上げた柚葉は――胸を押さえたままどこか哀しそうな表情で、本人も何が起こっているのか分からないというような…唇が僅かに開いて驚いているような様子に、刀を握る手をそっと握った。


「鬼灯様、もういいんです。その人はもう戦う意思がありません。私…ここでその人の話を聞きました。冥さんのこと……冥さんと一緒にこの国を出て行ってくれますから、もうこれ以上は…」


「…やけに庇うんですね。‟渡り”は口八丁手八丁の生き物ですよ。騙されている可能性は?」


「あんな状況下で嘘はつけません。もし私が騙されていたら、あなたなり主さまが討って下さい。鬼灯様…ここまで迎えに来てくれてありがとうございます。嬉しい」


――確かに黄泉はもう動けない。

こうして細かく切り刻んできたのは、やはり凶姫の諸悪の根源であるこの男が死ぬ場面を凶姫と朔に見せてやりたいから。

柚葉が半裸でいる姿を見てかっとなって殺そうと思ったが、本人がそれを止めるのだから仕方ない。


「そうですか、分かりました。いいですよ、あなたの好きなように」


「なんですかその言い方。投げやりですか?ふてくされてるんですか?」


「別に。あなたが黄泉を庇うから私としてはもうこれ以上やりようがないでしょう。逆に何故私が怒られているのか意味が分かりませんね」


ぷいっと顔を背けた輝夜にむかっ。


「庇ってません。殺す必要はないって言ってるんです」


「情けですか?そんな目に遭っておいて?優しすぎるのも罪ですよお嬢さん。大体あなたは……」


――ああ、怒らせてしまった…

柚葉の怒った顔を見てぼんやりそんなことを考えていると――急に柚葉に胸元を両手で掴まれて引き寄せられた。


そして重なる唇――


何もかもが、止まった。