宵の朔に-主さまの気まぐれ-

その刀もさながら――

輝夜の動きはゆっくりでいるようで、そうではない。

目の前で水平に斬り込んできたその切っ先を避けれると確信していたものの、実際は異常なまでに早く斬り込まれていて、胸を一文字に斬られて飛び退った。

この男は時を操れるのか?

ゆっくりに見える時と速く見える時の境目がなく、血しぶきを上げる胸を愕然と見下ろした黄泉は、右手を切り落とされてすでにかなりの出血量だったため、すぐに膝をついた。


近接戦闘には慣れていない。

左手で戦おうと思えば戦えるが、照準が定まらず、光弾を撃ってもそれを打つようにして刀であっさりと弾かれた。


女と見紛う微笑は消えず、思わず見惚れるほどに美しく、だがそれにかまけているといつの間にか身体中に切り傷ができて、距離を取る他なかった。


「単身で乗り込んでくるほどその女が大事か?」


「そうですよ。お前はあの傀儡が大切ではないと?」


「…椿はどうなった?」


「兄さんが倒しましたよ。よくもあんな余興を。さすが‟渡り”は性格が悪いと見えますね」


淡い水色の着物に淡い緑の帯――芭蕉の葉が描かれた着物の袖や裾が輝夜が動く度に水色の蝶が舞っているように見えて、だんだん目が霞んできた。


――だが輝夜は致命傷を与えてこない。

いたぶるようにして浅い打ち込みを多数与えられて、浅い傷口が増えるばかり。

‟渡り”は物の怪よりも上だと慢心していた黄泉は、躊躇しつつも訊きたかったたったひとつの問いを小さな声で投げかけた。


「冥はどうした?」


「両腕を失い、お前が一切省みないことで打ちのめされて動かなくなりましたよ。泣きそうな顔をして…」


「あれがそんな表情を見せるはずがない。あれはほとんど笑わず、ほとんど喜怒哀楽がない。泣きそうな顔など…」


「お前にはそう見えるのですね。私にはまったく違うように見える」


「…なんだと?」


「鬼灯様!」


それまで座り込んでふたりが戦う様を見ていた柚葉が悲鳴のような声で名を呼んで輝夜の動きを止めた。


「やめて下さい…お願い…」


「…お嬢さん」


そんな恰好をして怖い目に遭いながらも、黄泉を庇うのか?


ちりり、と胸が灼けたような気がして、胸を押さえた。