宵の朔に-主さまの気まぐれ-

九尾の本来の姿は獣型であり、爪と牙で敵を薙ぎ倒す。

だが銀は人型を好み、本来の姿では莫大な妖気が常に発されるためこちらの方が気楽だという理由でしばらくの間獣型には戻っていない。

十六夜より年上の銀はかつて大陸でも大暴れしたことがあり、‟渡り”の知識も朔たち以上に持っている。

その瞳孔の狭い目には冥の身体に魂がないことははっきりと映っていて、だからこそ手加減せずに壊せると分かるとうずうずしながら片腕の傀儡に刀を振り下ろす。


「冷徹な主と見える。さしずめ主の欲を鎮めるためだけの傀儡か」


「…主は私のことを最高傑作と言ってくれる」


「そりゃ好みの女の部位を使って作るんだから最高傑作だろう。つまりお前自身は愛されていないということだ」


「…私を愚弄するのか」


「事実を言っている。可哀想に…どれだけ尽くしてもお前の主は他の女の尻を追いかける。言っておくが、凶姫に目を付けたのは大きな間違いだとすぐ気付くことになるぞ。何せ朔の女だからな、あれがどれほど信頼されて慕われているか。万が一攫えたとしても地の果てまで追いかけられる羽目になる」


「…主との話が聞こえていたのか」


「この耳はなんでも聞こえるからな。そら、観念しろ」


九尾は他者に屈服したり服従する生き物ではない。

その能力も甚大で、片腕だけの冥では銀の攻撃を受け止めるのが精一杯――またこれを万が一奇跡的に倒せたとしても、その次には雪男が待っている。


「勝ち目はない…か」


「おおようやく気が付いたか。さあお前を壊してやろう。心配するな、お前の主も後で地獄に送ってやるからな」


――冥はちらりと凶姫に目をやった。

こちらの戦いにはすでに勝負がついていると思っているのか、凶姫の傍に居る雪男は、まだ苛烈な戦いを続けている朔と椿に向けられている。

銀以外は、全員朔の方を見ている。


…今しかない。


冥は刀を持つ手を大きく振り上げた。

銀はその手を一刀のもと切り落とし、笑った。


勝った、と思ったその瞬間――冥の姿は足元にできた次元の穴へ消えていった。