宵の朔に-主さまの気まぐれ-

いくら普段よりも神経が研ぎ澄まされていても、それは椿の方も同じだ。

黄泉に身体を改造されたと言っていたが、確かにあの頃よりも速く、あの頃よりも重たい突きと蹴りで絶え間なく攻められて他に気を配る余裕もない。


黄泉といえば、傀儡の冥と何やら話をしていて余裕たっぷりの様子にさすがに温厚な朔でもかなり苛立ちが募っていた。

凶姫の両目を持っている――それをどうにかして取り戻さなければ。


「冥、行け」


「…はい」


それまでにやにやしながら見ていただけの黄泉が命を出すと、冥はするりと戦う朔たちの脇をすり抜けて縁側に向かった。

すぐさま銀や雪男が凶姫の前に立ち塞がったが――冥は一定の距離を保って掌を彼らに翳した。


「!何か来るぞ!」


‟渡り”は妖とは違っておかしな妖術を使う。

基本的に刀や拳でもって戦うことの多い妖は近接戦闘が多く、対して‟渡り”は距離を取った戦闘が多く、咄嗟に雪男が凶姫の腹に手を回して抱き上げると、冥の放った弓矢のような光をからくも避けて背に庇った。


「う…っ」


「姫様!大丈夫ですか!?」


思わず腹に力を込めすぎてしまったことにはっとした雪男は、無表情の冥から目を離さず小さく謝った。


「ごめん、大丈夫か?」


「だい、じょうぶ…」


元々つわりで体調が悪い凶姫に無理を強いてしまったことを深く反省したが、冥は今度は刀を手に自ら向かって行った銀を片腕で刀を握って待ち構えていた。


「その女を貰い受ける」


「断る。可愛い朔の子を生む女だぞ。うちに男か女が生まれたら夫婦にさせて縁を結ぶ予定なんだ。近付けば殺す」


「ぎんちゃん…それ初耳だよ」


「俺もなんだけど」


若葉と雪男が声を上げると、銀は金と銀の入り混じった瞳孔の狭い目で冥を睨み上げた。


「お前たち‟渡り”の世界でも俺の存在は有名なんじゃないか?あちらでも散々暴れたことがあったからな」


「お前は…九尾か。そのなり…」


「ああ、人型でないと朔の傍には侍れんからな。なんだ、本来の姿が見たいのか?お前など木っ端微塵になるぞ」


――それは真実だ。

冥は銀を挑発するのをやめて凶姫をじろりと睨んだ。


この身体はばらばらになっても主がどうにかしてくれる――

そう信じて、地を蹴った。