宵の朔に-主さまの気まぐれ-

凶姫は悲しみと怒りに打ち震えていた。

朔はこの女…椿に対して非情にはなれない。

椿がはじめて抱いた女であり、また師匠であるのだから――例えそれが過去の話だとしても、今はもう過去の話ではないのだ。

椿は生きてこうして、朔の前に立っているのだから。


「さあ椿、お前の願いを言うがいい」


「私…は…お前を殺せば…私と添い遂げさせてくれると…主が約束…してくれた…」


「主…?師匠、あなたはその男に何をされたんですか!?」


「私は…身体を弄られた…。朔…生前の私は、お前より弱かったな。だが…今はどうだ?」


生気のない目だが、身体に漲る力は生前の頃よりも…いや、格段に上であり、戦わなければならない状況にあるのに朔はいつまで経っても呆けるようにして突っ立っていた。


「添い遂げる…ですって…!?」


畳に突っ伏していた凶姫が顔を上げると、椿は凶姫をじっと見た後ふっと吐き捨てるように笑って動けないでいる朔に歩み寄って優しくその首筋を指でつっと伝った。


「お前を抱いて悦ばせた技は全て私が仕込んだもの。この男は全て全て…私のものだよ」


「…っ!違う…違うわ!朔は…朔は私の…!」


「その腹の子は掻き出して獣にでも食わせてやろう。朔の子を生もうなど…許すものか…!」


――生前、朔の子を生みたいと頭がおかしくなる位願って願って、願いすぎておかしくなりすぎて、命を落としてしまった。

今、目の前に居る朔は、出会った時よりも格段に美しくなり、強くなっている。


「朔…また美しくなったな。私は…お前のことを片時も忘れることができずに恋焦がれすぎて死んでしまったんだ。朔…お前のせいだよ」


こそり、と耳元で囁かれる呪詛。


朔の手から、刀が滑り落ちる。

黄泉の思惑に嵌まる――

未来が、またもやぶれる――


声もなく泣く凶姫の押し殺した悲鳴は、傍らで背中を撫で続けていた柚葉の何かを揺り動かした。


何かが、かちりと音を立てた。