「皆さん。今夜は大切な方と大切な時を過ごして下さい」


一家団欒で朝餉を食べようと席についた時――輝夜は唐突にそう言って皆の視線を一気に集めた。

突然こんなことを言い出すのは、‟渡り”の襲来が明日ということなのだろう。

隣に座っていた凶姫が机の下で手を握ってきて顔を上げた朔は、凶姫の緊張した顔を見て静かに口を開いた。


「明日なんだな?」


「ええ。これ以上は言えませんが、毎日というほど未来への道筋が変わって見えるんです。ですから何が起こってもおかしくはない。だからどうか。今日という時を大切な方と」


「輝ちゃん…私はここに居ない方がいいよね?お家に帰…」


「母様、目の届く所に居て下さい。あなたが‟渡り”と対峙するのは二度とごめんですが、父様が守ってくれます。ですから…」


「うん分かった。ありがとう輝ちゃん」


「はい。雪男、あなたも今日は家族と過ごすといい。朧と氷輪たちと楽しいひと時を」


「…ん、それは分かってる。分かってるけど俺の生きる場所はここだ。朧とここに居る。俺に何かがあってもいいように準備はしてある」


「え…お師匠様?そんなの聞いてない…」


雪男とて常に前線に立つ朔の隣に立って終始盾となり矛となる役目を担ってきた。

命を晒す戦いの中に身を置いてきたが、輝夜がぼんやりとしか未来が見えないと言ったため、もし自分に何かあった時のために準備を密かに進めてきていた。


「大丈夫だって、万が一の準備だから。銀、お前も今日はもう若葉と焔と帰れ」


「何を言う、百鬼夜行がある。うだつの上がらん十六夜を今夜も茶化しながら通常通りやる。お前こそどうするつもりだ?」


――逆に問われた輝夜は、きょとんとして小首を傾げた。


「私ですか?大切な方も居ませんし、どうということは」


「鬼灯様は私がお預かりします」


今まで黙って話を聞いていた柚葉が声を上げると、今度は柚葉に皆の緯線が集まって緊張を解すように大きく深呼吸をした。


「まだ作りかけの小物があるんです。細かい作業は私より得意ですから手伝ってもらわなきゃ」


「ええいいですとも。では兄さん、あなたも凶姫と大切な時をお過ごし下さい」


「分かった。輝夜、離れるなよ」


「ふふ、はい」


「さ、ご飯食べよ!沢山食べてね!」


息吹の号令で皆が箸を取った。

このひと時も忘れてはならない。

明日‟渡り”を倒すまでは、忘れてはならない。