宵の朔に-主さまの気まぐれ-

ずっと黙っていて傍から離れようとしない凶姫を肩越しにちらりと振り返った朔は、やんわり断りを入れてみた。


「ちょっと独りになりたいんだけど」


「心が寂しい時に独りで居ては駄目よ。もっと寂しくなっちゃうわ」


「そっか、それはそうか…。…なに?なんか訊きたいの?」


「その…大切な人だったみたいね。どういう知り合いか訊いてもいいかしら」


朔は晴天を見上げたままとても小さな声で――独白のように彼の人を振り返った。


「俺の師匠みたいなものかな」


「あなたの師匠は雪男さんでしょう?」


「あいつが第一の師なんだけど、第二が居るんだ。俺に体術を教えてくれた人」


「体術…?」


「鬼族は刀を振るうのが好きな者と、格闘が好きな者が居るんだ。うちの家系は刀と相性が良かったから格闘に関してはあまり得意じゃないんだけど、もし刀が手元にない状況に陥ったら――この身ひとつで戦うしかない。あの人はそれを俺に教えてくれた」


妖は病にかかるこどなど滅多にない。

そう思ったが口に出して言わなかった凶姫に小さく笑いかけた朔は、妖気の光が瞬く少し切れ長の目を伏せて鍛錬に耽った時代を振り返った。


「何かの病にかかって、それから師匠はみるみる衰弱していった。そしてある日ぱたりと屋敷に来なくなって…それきりどうしていたか知らなかったんだ。体術を修めたからそれで来なくなったと思ってたんだけどな」


――突然、女の勘が働いた。

誰かを想って物思いにふける朔の横顔はただ単に師匠と弟子の関係ではないような気がした。


「…そのお師匠さんは男なの?女なの?」


「…え、なんでそんなこと訊くの」


「いいから言いなさいよ。男なの女なの?」


何故かそれを明確に口にしない朔にいら立った凶姫がさらに追及しようとした時――輝夜がそれをさらりと言ってのけた。


「女ですよ」


凶姫の目に嫉妬の炎が燃え盛った。