宵の朔に-主さまの気まぐれ-

魔性の者が治める町なため、妖と遭遇することには慣れている幽玄町の者たちだったが――

昼間にぶらぶら町を歩き、しかも人型で美貌の者とくればそれはもう絶対的に恐ろしく力のある妖だと広く周知されている。


柚葉自身も妖で一部の者たちに可憐だと本人の知らないところでもてはやされていたが、反物屋の主人は微笑んでいる輝夜を見て足をがくがくさせていた。

それは恐怖からではなく、何か――圧倒的に神々しいものを目の前にしているような感じだった。


「隣の空き家なんですけど、もう少し待って頂けますか?」


「あ、ああいやそれはもういつまでもお待ちしてますよ」


店内の品物を見て回りながら欠伸している輝夜に誰もが注目してしまい、柚葉は居心地悪く感じながら素早く店内を見て回ると、ひとつの反物に目を留めた。


「わあ、これ可愛い」


「金魚の柄ですね、夏らしくていいんじゃないですか」


「ですよね。じゃあこれで男物の浴衣を作っちゃおうかな」


「兄さん用にですね。喜ぶと思いますよ」


柚葉はきょとんとして輝夜を見上げた。

紺色の布地に橙色の大きな金魚が刺繍されている反物を手に取ると、一歩ずいっと輝夜に寄って首を傾げた。


「どうして主さま用だと思うんですか?これは鬼灯様用に作る予定だったんですけど…要りません?」


「え?私に?」


「だって鬼灯様、主さまの着物を着てるじゃないですか。だから私が作りますって前に言いましたよね?」


「ああそういえばそうですね、ありがとうございます。ではその反物は私が買い取りますよ」


懐から金を取り出して店主に渡した輝夜は、他の品も見て回っている柚葉の楽しそうな横顔にまた笑んで腕を組んだ。


「なんていうか…お嬢さんは母様に似てるなあ」


「え?今何か言いました?」


「いいえ何も」


くすくす笑って反物屋の主人たちを魅了して、その日は町内は輝夜の話題で持ちきりになった。