宵の朔に-主さまの気まぐれ-

「私ちょっと町まで布を買って来ます」


材料が足りなくなった柚葉は、朔に外出の許可を貰いに文を読んでいた朔の前に座った。

…ほんの少しだけだが、胸はまだ痛む。

痛むけれど、それを毎回察して輝夜が慰めてくれるため、幾ばくかはその痛みは軽減されていた。


「いいけど誰かを一緒に連れていって」


「大丈夫です。じゃあ行ってきますね」


ふんわりしているように見えて我を通す時は譲らない柚葉がにこっと笑って居間を出て行くと、朔は難しい顔をして腕を組んで考え込んだ。


「なんだよ主さま。また柚葉の心配してんのか」


「お前暇ならついて行ってくれ」


「俺に暇なんかない!見ろこの文の数を!」


机の上には山のような文。

そのうちの大半は実は朔への恋文だったりするのだが――本人は目を通すだけ通すが返事はしない。

それを選り分ける作業を延々としてげんなりしている雪男は、縁側でごろりと寝転がって日向ぼっこしている輝夜に声をかけた。


「お前柚葉と仲いいだろ。ついて行けば?」


「町に下りると騒がしくなるから嫌です。お嬢さんなら大丈夫ですよ」


柚葉に構いまくっている時とそうでない時の差が激しい輝夜がのんびりしながら欠伸をすると、朔は肩を竦めて立ち上がった。


「兄さんどこへ?」


「誰もついて行かないなら俺が行く」


「ちょ…待て待て主さまが町に行くのは駄目だ!大騒ぎになる!」


「そうですよ兄さん。蜃の術が及ぶのはこの屋敷一帯ですから、ここを出ると‟渡り”に知れてしまいますよ」


「だってお前たちがついて行かないなら俺が行くしかないだろ。ちょっと着替えて…」


「強硬手段に出ましたね兄さん。いいですよ、私が行きましょう」


にやりと笑った朔の術中に嵌まった輝夜が仕方なく起き上がって居間を出て行くと、雪男と朔、にんまり。


「輝夜って…やっぱり…」


「本人は否定するが、今後あるかもしれないぞ」


雪男、握り拳を作って無言で歓喜。

彼にとって輝夜もまた我が子のような存在なのだから。


「楽しくなってきた!」


朔とふたり、密かにきゃっきゃっして息吹を和ませた。