宵の朔に-主さまの気まぐれ-

茫然自失状態の凶姫に一瞥をくれた後その場を去った焔を恨みつつ、朔は目線で雪男に人払いをするよう合図をすると、同じようにその場に座って小さく震える手を握った。


「意図せず知られてしまったけど、どうということはないんだ。だから気にしないでほしい」


「でも…!あなた死にかけたのよ…?‟渡り”があなたを追ってきたから…!」


――涙が出ていたら、きっと泣いていただろう。

気が強そうな美貌はくしゃりと歪み、唇を噛み締めすぎて血が出ていた。

朔は指で血を拭ってやりながら頭を抱いて引き寄せて肩に顔を優しく押し付けると、ふっと笑った。


「じゃあ言うけど。惚れた女が目の前で殺されそうになっているのに自分の命を優先するか?俺はそんな器の小さい男に見える?」


「……見えない…けど…」


「あの時は本当に身体が動かなくなったんだ。お前が殺されてしまうかもしれないって思うと俺の全てが止まったんだ。どうしようもなかったんだ。だから俺は叫び、輝夜が来た。これが必然なのか偶然なのか分からないけど、お前が生きていて良かった」


「私も…あなたが生きていて…本当に良かった…」


涙声で鼻を鳴らす凶姫の背中を何度も撫でてやるとだんだん落ち着いてきて、顔を上げさせてまだ滲んでいる唇に指で触れた。


「まだぐずぐず言ってるとここでその唇奪ってやるからな」


「!だ…駄目よ!誰が見てるか分からないじゃない!」


「まあこの光景も誰かに見られてれば間違いなく俺たちの仲はおかしいんだと思うんだろうけど…まあいっか」


「まあいっか…じゃなくて困るわ!」


いつもの強気を発揮してどんと肩を押されて凶姫が離れていくと、朔は肩を竦めて立ち上がった。


「まあそういうことだから気にするな。俺は全快したし、あとはお前がここに残ってくれて全てが終わるのを待ってくれたら嬉しいっていう話だから」


「…」


返事はなかったがきっと納得してくれると確信しながら、雪男たちの元に向かった。