宵の朔に-主さまの気まぐれ-

「兄さん…‟渡り”が来ました」


輝夜が足早に自室にやってきた時、朔もまた彼らの来訪に気付いていた。


「お前の言う通り部屋から出ていないが…どうなった?」


「蜃が見せた幻で惑わせましたが、傀儡の方は気付きませんでしたが‟渡り”の方はどうやら違うものの気配に気付いたようです」


「なに…?それはまずいぞ」


腰を浮かした朔の前に座った輝夜は、首を振ってその可能性を打ち消した。


「いえ、地下の件ではありません。私も‟渡り”が気付くまで知らなかったのですが……」


その後顎に手を添えて黙り込んで考えている輝夜ばかりが気を揉んでいるのがいやな朔は、話題を変えようと本を閉じて腕を組んだ。


「で?蜃はどんな幻を見せたんだろうな」


「彼らにとって都合のいい幻ですよ。そして深層心理で彼らが最も苦手としているものが見えているはずです。兄さんは死んだことになっているはずですし…さしずめ私でしょうかねえ」


「ふふ、それは恐れ戦いただろうな。だってお前あの時見たことのない生き物を見たみたいな顔されてたもんな」


「そうなんですよ失礼な。とにかく‟渡り”は罠を張るのが得意なので、彼が気付いたものがどう利用されてしまうのか探ってみます」


「その詳細は俺に話せないのか?」


「ええ…すみません」


未来に関わることか――

追及をやめた朔は、腰を上げて障子を開けると、すぐ傍に控えていた雪男に声をかけた。


「雪男、ぎんたちを呼んでくれ。全員だ」


「了解」


思わぬ不覚により負った傷が癒えるまで無駄な時を過ごしていたわけではない。

内面を高めて気力が充実した今となってはもう決して、油断することはないだろう。


「何を利用されても凶姫は守り抜く」


「ええ。私もご一緒しますよ」


頭を下げた輝夜の肩を叩き、青白い炎の燈る目を静かに光らせた。