宵の朔に-主さまの気まぐれ-

全快の朔が本領を発揮するとどうなるか――凶姫はそれを身をもって体験して、痛感していた。


この男は恐ろしすぎる、と。


滅茶苦茶にしてやるとは言われたがまさか本当にそうされるとは…。

乱暴に愛された、という意味ではなく、全力で愛された――

おかげで声は枯れ、全身から汗が噴き出して脱水症状になりかけた凶姫の唇を奪った朔はゆっくり水を口移しで与えてひとつ息をついた。


「そこまで引かれるとは思ってなかった」


「引いてないわよ別に…。ただちょっと…私だって遊郭に居て技巧には自信あったけれどあなたのは別格というか…誰から教えてもらったのよ」


「誰にって……まあ…なんとなく」


うつ伏せになって頬杖をついた朔が少し過去に思いを馳せて口ごもると、汗で濡れた前髪を乱暴に腕で拭って凶姫を抱き寄せた。


「あなたに仕込んだ女が居るわけね?誰よ。まさか百鬼の中に…」


「居ない。その話はいいじゃないか。今の俺が在るからお前をこうして悦ばせることができてるんだし。違う?」


「違わないわよ。…もうその女とは二度と会わないで」


「ん、もう会えないから大丈夫」


――何か引っかかる言い方だったが、朔が自分を愛してくれているのは実感している。

それでも胸がむかむかして朔の腕の中でじっとうずくまっていると、逆に朔に切り返された。


「お前こそ許嫁が今現れたらどうする?頬なんか赤らめたらすぐに男を殺すからな」


「元、許嫁よ。あんな…私の不幸を見て逃げ出した男なんてお呼びじゃないわ。…あなただけが逃げずに私の手を握ってくれていたの。だから私の心を疑わないで」


「疑ってない。…まだ足りないんだけど…いい?」


「だ、め!」


唇を寄せてきた朔の頬を思い切り押して起き上がった凶姫は、見事な肢体を浴衣を羽織って隠すと、残念がる朔のため息を子気味良く聞きながら唇を吊り上げて笑った。


「早く‟渡り”を殺して。そうしたらなんでもしてあげる」


「なんでも、ね。それは是が非でも」


頬杖をついたまま読みかけの本を捲って聞きたがる凶姫に朗読してやりながら、つかの間のふたりの時を楽しんだ。