宵の朔に-主さまの気まぐれ-

朔は密かに着々と準備を進めていた。

身体は万全になり、輝夜や雪男と刃を交えて鍛錬を怠ることなく、そして普段時間がなくてあまりすることのない瞑想を行って気を高める。

そうして意識の奥深くに潜り込むと、真っ暗な闇の中に固く閉じられている扉のようなものがあることに気付いた。

それは押しても引いても開くことがなく、目を開けるといつも全身汗に濡れていて猛烈に疲れていた。


――普段の生活の均衡を崩すことなく夜半は起きていて朝方に眠る生活を続けていた朔だったが――ある早朝、部屋に忍び込んでくる者が在った。

代々当主が使う部屋に無断で忍び込んで来る者など限られている。

それが花のいいにおいのする女であるならば目を開けなくても何者か分かっていたが、朔は寝ているふりをした。


「…」


傍に座る気配と、おずおずと伸ばされた指が頬に触れる感触――

こちらは精一杯妥協して抱くことを禁じているというのにそちらが触るのはいいのかと内心愚痴っていると、頬に触れていた指が首を伝い、浴衣の肩口に潜り込んで肩を撫でた。


一体何をするつもりなのかと息を殺していると、小さな声が聞こえた。


「な…何をしているのよ私は…」


本人も思いがけない行動だったらしく、恥ずかしそうに息をついている様子にもう我慢できなくなった朔が肩に触れている手を掴むと、はっと息を呑む音が聞こえた。


「やらしい触り方しないでほしいんだけど」


「お、起きていたの…!?」


「今起きた」


嘘をついて腕を引っ張って布団の中に引きずり込んだ朔は、凶姫の瞼に口付けをして震えるまつ毛をじっと見ていた。


「何しに来たの?密会はしないんじゃなかったっけ?」


「だって…!まさかあなたがちゃんと約束を守るなんて思わなかったから…」


「無理強いはしないって言ったと思うけど」


「嘘よあなた無理強いばっかりじゃない。…あれから全然触りもしないから私…」


「なに?」


「私…飽きられたのかと思って…」


しゅんとする凶姫にきょとんとする朔。

思いもよらない凶姫の悩みに今まで禁欲していたのが馬鹿らしくなり、今度は朔が凶姫の肩口にゆっくり指を潜り込ませた。


「ちょっと…駄目…!」


「そっちが仕掛けてきたんだから駄目。…滅茶苦茶にしてやる」


囁く低い声にわななく唇。

ゆっくり頷いて、受け入れた。