宵の朔に-主さまの気まぐれ-

憤懣遣る方ない柚葉は、足音高く廊下を歩いて輝夜に文句のひとつでも言ってやろうと決めていた。

主さまの弟なので礼節正しく接しなければならないのだが、あちらはどうやらそうでもないらしく、頻繁に部屋に入り込んでは気ままに過ごしているため、柚葉も気を遣わなくなっていた。


「部屋にも居ないし…どこに行ったんだろ…」


縁側で読書をしている朔を見かけたが傍にその姿がなく廊下をうろうろしていると――降りるのを禁じられている地下へ続く階段から輝夜が上がってきたのを見てぴたりと足を止めた。


「鬼灯様…そこは行ってはいけない場所…」


「ああ私はいいんです。あなたはいけませんよ」


その言い草にむっとした柚葉は、首を鳴らしながら通り過ぎようとする輝夜の首根っこをぎゅっと掴んでうめき声を上げさせた。


「何をするんですか、乱暴な人だなあ」


「鬼灯様。私に何か言いたいことはありませんか?」


「ええ?いえ特に別にありませんけど」


「ふうん…そうなんだ…。私には真名も呼ばせたくないってわけなんですね」


…それでぴんときた輝夜は、凶姫に真名を呼んでもいいと了承したが敢えて柚葉にはそれを言わなかったことに本人が気付いてにやにや笑みを浮かべた。


「私の真名の話ですね?呼びたいんですか?」


「…いーえ、別に?呼びたいとか呼びたくないとかじゃありませんから」


「その割にはむきになって頬がぱんぱんに膨れてますけど、気のせいでしょうか?」


「元々こんな顔ですから!失礼します!」


「まあ待って下さいよ。あなたが私の真名を呼ぶことでどうなるか分からないから呼んでほしくないんですよ」


「随分棘がある言い方ですけど、つまり呼ばれたくないんですよね?」


「いやいや、あなたの未来が分からないから呼ばれたくないんです。伝われこの思い」


腕を組んで考え込んだ輝夜に怒る気力も失せた柚葉は、特に輝夜の真名を呼びたいわけではないのについむきになった自分に首を捻りながらも少し乱暴に輝夜の背中を叩いた。


「いたた」


「新しいお財布作ってるんです。付き合ってもらいますからっ」


「ええ喜んで」


ふたり肩を並べながら部屋へと向かう。

そんなふたりの姿を朔は微笑ましく物陰から眺めつつ、その後にやにやしっぱなしで凶姫に気味悪がられた。