宵の朔に-主さまの気まぐれ-

朔が本調子となり、いつでも百鬼夜行に出れるようになったため、凶姫はいつになくぴりぴりして自室に引き篭もっていた。

あの‟渡り”が朔や自分を諦めるとは到底思えない。

目を奪われ、矜持を奪われ、次に何を奪うつもりなのか――この命は見逃されたが、今回は命までも奪うつもりなのだろうか。


「姫様、お茶を一緒にいかがですか?」


「ああ柚葉?ええ、一緒に飲みましょう」


部屋に遊びに来た柚葉を招き入れると、僅かな変化にも敏感な柚葉は湯飲みを手渡して顔を覗き込んだ。


「どうしました?」


「そろそろ‟渡り”がここに来そうだと輝夜さんが言っていたから少し不安になっているだけよ」


「…それって鬼灯様の真名…」


「ああそうなんだけれど、輝夜さんが真名を呼んでも構わないって言うから。…柚葉?」


黙り込んだ柚葉に首を傾げた凶姫だったが、柚葉は平静を装って首を振ると、一緒に持ってきた団子を口に放り込んだ。


「いえなんでも。それより姫様、私そろそろ売り物が揃ってきたのでお暇しようかと」


「柚葉…その件なんだけれど、‟渡り”との決着がつくまでここに居てほしいの。…駄目?」


「それは…私はなるべく早くここを出たいと思っているので…」


口ごもる柚葉の手をぎゅっと握った凶姫は、真剣な表情でなんとか柚葉を説得しようと声色に力を込めた。


「‟渡り”は姑息な生き物らしいの。周りを巻き込んで道具にして罠に陥れるらしいの。だから身内のあなたには傍に居てほしいの。…これは私の願望でもあるんだけど」


凶姫に慕われていること自体は嬉しいが――朔との仲を見せつけられるのは嫌だ。

だがふたりに危険が及ぶのはもっと嫌だと結論づいた柚葉は、元々下がっている眉をさらに下げて笑った。


「…分かりました。姫様、早くあなたが自由になれる日が来るといいですね」


「ええ…そうね」


――そう笑いつつ、柚葉は心の中で盛大に愚痴を零していた。


凶姫に真名を呼んでもいいと言ったのに、自分には何も言わない輝夜に。