宵の朔に-主さまの気まぐれ-

やはり朔の耳には奏でられていないはずの音楽が聴こえていた。

扇子を翳す度に甘い香りが鼻孔をくすぐり、ひとつひとつの動作と、時々こちらを見ては妖艶に微笑む凶姫の艶姿に酒を飲むこともすっかり忘れて見入っていた。


「きれい…」


「ああ、こりゃすごい」


遅れてやってきた朧が雪男の隣に座って肩にもたれ掛かりながらうっとりすると、舞いを見慣れている柚葉以外は皆揃って凶姫の作り出す世界観に飲み込まれてしまっていた。


目の錯覚か――ひとつひとつの動作が止まっているかのように緩やかで、わざと肩口まではだけさせた着物から覗く肌はきめ細やかな純白で、そこに桜の花びらがひとひらくっつくと、そこからまるで香っているかのようで眩暈がした。


気が付けば庭のあちらこちらには百鬼の姿があり、吹雪くように舞い散る桜の中を踊る凶姫に見入られてわらわらと集結し始めていた。


ここは桃源郷か――

たまらなく触れたいと思い、百鬼の視線にすら晒したくないという独占欲――

舞いはものの数分のことだったが朔を高揚させるには十分で、ゆっくり膝を折って足を崩した凶姫が扇子で顔を隠して舞いが終了すると、庭先から百鬼の大きな歓声が上がった。


「姫様、素敵でしたよ」


「ああ疲れた…」


肩で息をしながら立ち上がった凶姫は、息吹が鼻をすする音が聞こえて喜んでもらえたのだと思うとふわりと満開の花のように笑った。


「私のためにこんな素敵な舞いを見せてくれてありがとう姫ちゃん。感動しちゃって私…」


「喜んでもらえて良かった。私ちょっと息を整えてきますね」


精神を集中させながら踊る舞いは思いのほか消耗が激しく、はあはあと息を吐きながら凶姫が自室に下がると、朔は酒を一気に呷って立ち上がった。


「ちょっと様子を見て来ます」


「朔ちゃん、悪戯しちゃ駄目だよ」


「自信はありませんね」


触れたい。

この手で、愛したい――