宵の朔に-主さまの気まぐれ-

"会いに行くから、会いに来て”


――別れ際、朔にそう言われて瞼に口付けをされた凶姫は、人目を忍ぶように辺りを見回して朔の部屋を出て自室に戻った。

…が、朔の第一側近は抜け目がない。

それを見ていた雪男は、朔が少し仮眠してから部屋を出て来たのを見計らってにっこり笑いかけた。


「なんかいいことでもあったか?」


「お前こそなんだそのにやけ顔は。いいことがあったのはそっちじゃないか?」


「いいや俺は別に?主さまの部屋から誰が出て来たのかも知らないし、ご丁寧に部屋に結界が張られてたのも知らないし?」


「…」


全てを見ていたくせにうそぶく雪男の傍に座った朔は、妖気の光が瞬く誰をも魅了する目でじっと雪男を見つめてどぎまぎさせた。


「ちょ…見ないで…」


「氷雨」


「!あの…いきなり真名を呼ぶのやめて…」


「気になる女ができた」


朔の唐突な告白に、雪男は思わず真っ向から朔の目を見てしまって全身から一気に汗が噴き出た。

こうして女絡みの相談を受けたのはこれがはじめてで、そして雪男の予感は当たっていた。


「ああ…そっか。うん、そりゃいいことだ。主さまは女に関して真面目すぎたからな、このまま嫁さんを貰わないんじゃないかと冷や冷やしてたよ」


「嫁にするとかしないとかはまだ分からない。だけど気になる。可愛いと思う。抱きたいと思う。それで十分じゃないか?」


聞いているこちらが照れてしまうような率直な思いに、雪男は指で頬をかきながら真っ青な目を緩ませて笑うと、朔が小さかった頃よくしていたようにさらさらの黒髪をくしゃりとかき混ぜた。


「そりゃ十分だな。で?俺にそれを言うってことは何かしてほしいのか?」


「まだ誰にも知られたくない。協力してくれ」


「協力…ね…」


「お前…誰の協力のおかげで朧と夫婦になれたと思ってるんだ?俺が色々庇い立てしなければお前はとっくに…」


「その節はお世話になりました!そうです!主さまが協力してくれなかったら俺は先代に殺されてました!」


「いい返事だ。というわけで、お前には協力してもらう」


朔の本気が発揮される――

凶姫には悪いが、なんとも恐ろしいことになりそうで、雪男は密かに震えあがって苦笑した。