宵の朔に-主さまの気まぐれ-

いつの間にか膝に乗せられてついばむように唇を重ねてくる朔に拒絶などできるはずもなかった。


…最初の出会いの時から意識していたと思う。

その声、その雰囲気――全て全て、身体が魂が…疼いて疼いて、朔を求めていた。


「…駄目って言わないな。続けていいの?」


「……月…」


「それは俺の真名じゃない。呼んでみて」


「…駄目」


「そら出た。何故俺から逃げようとする?そんなに俺に構われるのが嫌か?」


――嫌なはずない。

むしろ今とても抱かれたいと思っているが、そうなってしまうと…あの男がやって来てしまうだろう。

そして生まれて初めての…初恋の男の命を奪って、また自分を貶めて笑うのだろう。


「嫌いなんかじゃない…。でも駄目なの。分かって」


「…俺から逃げられそうか?」


「え…?」


また唇を塞がれて熱い吐息が漏れた。

その吐息が朔の脳髄を溶かしていることに気付かず、凶姫は密かに喜びに震える指を伸ばして朔の頬に触れると――その顔を見てみたい、と思った。


「だ、駄目…!」


肩口から侵入してきた朔の大きな手をなんとか押しとどめると、ため息をついた朔が凶姫の鎖骨に唇を這わせてまた全身が震えて吐息が漏れた。


「逃げられるなら逃げてみろ。絶対に捕まえるからな」


「月は…私のことを好きなの?」


「嫌いならこんなことしない。お前はどうだ?」


「…その程度の気持ちで私を抱こうなんて甘いわよ。私のことを心の底から好いてくれる男じゃないと駄目。好き合って一夜を交わして…それで殺されるなら、私もその後自ら命を絶って来世でまた一緒になるわ」


急速に心が傾いていた朔は、凶姫の白い頬を唇でかすめながら耳元で囁いた。


「死なせたりしない。必ず俺に惚れさせてやる」


――もうほぼ惚れていたけれど、それを口には出さず、朔の唇が降らせる雨に溺れた。