宵の朔に-主さまの気まぐれ-

さすがに朔は空気を読んでその後柚葉の部屋を訪れずに百個夜行に出て行ったが――柚葉に素っ気なくされた後ずっとそわそわしていた凶姫は、しばらく所在なげに柚葉の部屋の前に立っていた。


…またつれなくされたらどうしよう?

同じ時期に遊郭に売られて以来まるで姉妹のように寄り添い合いながら過ごしてきたのに――自由になったと思ったら柚葉に冷たくされて、どうしていいか分からない。


「あの…柚葉…」


おずおずと声をかけると、しばらくしてから襖が開いて柚葉が顔を出した。

こちらはこちらで少し申し訳なさそうな顔をしていて、凶姫は目が見えないながらも柚葉もまた何かしら思い詰めているのを感じてその手を握った。


「柚葉…」


「姫様…先ほどは申し訳ありませんでした。私ちょっといらいらしてて…」


「いいえ、私こそ無神経だったわ。柚葉…あなたの悩み、私に打ち明けることはできないの?」


…朔ならともかく、凶姫にはここを去ることを伝えなければならない。

それと金策――これに関してはどうしても朔を頼らなくてはならず、いずれ知られてしまうことなため、柚葉は心を落ち着けて凶姫の手を引いて部屋に招き入れると、ふたりで座ってその手を摩った。


「姫様、私は近いうちにこのお屋敷を出ます」


「…え…?え、どういうこと…?屋敷を出るって…どうして?私も一緒でしょ?」


「姫様は駄目です。"渡り”に狙われているうちは主さまの傍に居るのが一番いいんです。私はご恩に報いるため、自立して商いを始めます」


――柚葉と離れる――

想像もしていなかったことを告げられた凶姫は、唇を震わせながら柚葉の両手を強く握った。

柚葉の実力ならば商いも可能だろう。

けれど、傍には自分が居るものだと思っていた。

自分には何もできないけれど、売り子として働くこと位はきっと可能なはずなのに。


「柚葉…!」


「姫様そんな顔しないで下さい。まるで私がいじめてるみたいじゃないですか…」


「柚葉…いや…!離れて行かないで!」


慕ってくれるその心をとてもありがたく思っていたが――決意は変わらない。


「私はこう見えても強いから大丈夫です。だけど姫様は…」


「いや!駄目よ!一緒に居て!」


童のように我が儘を言って柚葉を困らせて、縋り付いた。