宵の朔に-主さまの気まぐれ-

相変わらず活気のある街並みを歩き、買い物ではなく空き家を探して歩いていた柚葉は、少し繁華街から離れていたが小さな空き家を見つけて足を止めた。

かなり古いし、あちこち修繕しなくてはいけないが、使えないことはない。

空き家の傍をうろうろしていると、隣家の反物屋の主人が顔を出して柚葉に声をかけた。

…柚葉は自身を可愛くないというが、かなり愛らしい方だ。

鬼族にしては目も吊っていないしとても気が強そうな感じではないが、柔和で庇護欲をくすぐる容姿なため、男に声をかけられやすい。


「えっと…こちらの空き家の持ち主を探しているのですが」


「ああそれならうちだよ。なんだい、店を開くのかい?」


「はい。仕立て屋を開きたくて…。こういう物を置きたいと思っているんです」


あらかじめ作ってあった金糸を織り込んだ巾着と、珊瑚の形をした簪と、息吹のために作った桃色の着物――これに関しては売るつもりは毛頭ないが、主人はそれらを見て目の色を変えた。


「こりゃすげえや。これならすぐ物になるよ。いつ開くんだい?」


「いえ、その…担保のお金も準備できていないので、それができ次第…」


「安くしとくよ。それといっちゃあなんだが、うちの反物を使ってくれるとありがたいんだが」


「それはもう。では待っていただけますか?」


「ああ、いいよ。どこに住んでるんだい?」


「えっと…今は主さまの元でご厄介に…」


朔の総称を口にすると、主人は一瞬ぽかんとした後手をぶんぶん振って後退りした。


「じゃあ金は要らないよ!主さまのお知り合いから貰えないからなあ」


「いえそれはお支払いします。お願いします」


柚葉が頭を下げると主人は狼狽してなんとか了承してくれた。

その場を離れた柚葉は、ひとまず自分も住める借家を確保できてとても安心していた。


安心するのはおかしな話だが、あのふたりから離れることができる――

それがどうしようもなく、嬉しかった。