宵の朔に-主さまの気まぐれ-

支度を整えてどこかへ出かけようと下駄を履いた柚葉の前に立ちはだかったのは、朔だった。

それを予期していた柚葉は目を上げず深く頭を下げて玄関を出ようとしたのだが――やわらかく腕を掴まれて眉根を絞った。


「なん…でしょうか」


「出歩くのはよした方がいい。いつ何時“渡り”が現れてもおかしくないから」


「でしたら姫様を守って下さい。私は“渡り”とは無関係ですから襲われたりしませんよ」


どうしても態度が素っ気なくなってしまう。

脇をすり抜けて玄関を出たが、朔もついて来てしまったため、そこは強い口調で拒絶した。


「主さま。私はあなたに姫様をお守りして下さいと言いました。どうか私のお願いを聞き入れて下さい」


「俺はお前も凶姫も守りたいんだ。だから傍に居てくれ」


…凶姫に気があるくせに、こちらにも気を引かせようというのか?

負の感情に苛まれそうになってこれ以上会話を続けることができなくなった柚葉は、掴まれた手を少し乱暴に振り払い、朔の視線も振り切って門をくぐり、ひとり屋敷から離れた。


――だが実質ひとりではない。

屋根伝いに朔の命を受けた虎柄の猫又が柚葉の跡をつけていたが、本人はいち早くその場から離れようと必死になっていたためそれには気付いていない。


「早くあそこから離れなくちゃ」


そのために、幽玄町の繁華街に繰り出したのだ。

この幽玄町を出て違う町で人生をやり直すか、もしくはここで…朔のお膝元で唯一の特技である繕い物で着物や小物などを仕立てて店を開くか――


凶姫のことは、もう心配ない。

きっと朔が命を賭けて守ってくれるから。


自分はもう、必要ない。