宵の朔に-主さまの気まぐれ-

最初に出会った時は物静かで強引な面など微塵も見せなかった朔が、幽玄町に戻ってからこちらの言い分をいささかも聞かない強引な面を見せていて、こんなの詐欺じゃないかと恨み節全開の凶姫は、朔の腕をつねって声を潜めた。


「何をする気よ」


「その前に、お前はどういった道理で関わった男が死んでいったのか知っているのか?」


「……どうしてそんなこと聞くのよ」


「それが分かれば探り探り色々試したりしなくていいじゃないか。その方が俺はともかくお前は負担が少ないと思う」


「俺はともかくってその前置きは何よ」


「具体的に聞きたい?」


――この男が女の扱いに長けていることは口付けひとつだけで分かっていた。

あんな甘美で官能的な口付けをされてしまえば、陥落しない女など居ないだろうということも。

朔が遠回しに言っていることを聞いてしまうと…話ひとつで腰が砕けてしまいそうな気がして、凶姫はぶんぶん首を振って唇を尖らせた。


「結構よ。それにあなたが聞きたがっていること、私は知っているけどあなたには話したくないの」


「“渡り”に何か言われたんだな?言え。言わないと…」


また悪戯されるのか、と身構えると、そこに着物を抱えた柚葉が通りがかってふたりを見て足を止めた。


「柚葉!良かったわ、ちょっとここに座って」


「でも…お邪魔なんじゃ…」


「お邪魔なんかじゃないわよ。もしかしてそれ、出来上がったの?」


柚葉が大切そうに胸に抱えているのは、化粧道具や着物など身の回りのものを届けてくれた息吹のために繕ったもの。

淡い桃色の着物はきっと息吹のふんわりした雰囲気に合うだろうと思って作ったのだが――


「主さま、これ…息吹さんに似合うでしょうか」


「母様に?ああ、いいなこれ。きっと似合う。今日はもう遅いから明日母様に来てもらえるように使いを出しておく」


ふわっと笑った朔に柚葉がどぎまぎしながら着物を抱きしめる。

凶姫は少し複雑な気持ちになった自身を咎めながら、朔の茶を奪い取って一気飲みして気持ちを落ち着けていた。