宵の朔に-主さまの気まぐれ-

遊郭で暮らしていた時は、男などいくらでも手玉に取れた。

“凶姫と一夜を共に過ごせば死んでしまう――”

そんな噂…いや、真実は遊郭だけでなくあの集落に住んでいる者なら全員が知っていたが、それでもその美しさと気高さに惹かれて凶姫の舞いを見にやって来る者は多く、だからこそ男の操り方も知っていた。


…はずなのに。


「月…」


朔が去った後部屋でぼうっとしていた凶姫は、思わず口を突いて出た朔につけた字を口にしてはっとして自身の頬を軽く叩いた。


「この私が手玉に取られてるっていうの?冗談じゃないわ、私が手玉に取っているならともかく」


次第にむかむかしてきていらいらしてきて、足早に部屋を出た凶姫は、朔が昼間になるといつも縁側で本を読んでいるのを知っていたため足音も高く縁側に向かう。


「月!」


――一日のうち、大半は百鬼夜行関連で費やされている朔の時間のうち、唯一ほんの少しだけ自由な時間がある。

それを大抵読書に充てている朔は、怒り心頭の仁王立ち状態の凶姫を見上げて本を閉じて首を傾げた。


「どうした」


「どうした、じゃないわよ!さっきの…何よ!おあいことだとか、それに私の…私の…」


朔が自身の唇に人差し指をあてて小さくしい、と言うと、周りに誰が居るかも分からない状態で朔に襲われかけたことを暴露するわけにもいかず、すとんと素早く正座をして朔の膝を強めに叩いた。


「どうしてあんなことするのよ…!」


「だから俺だけ覚えてないのは不公平だし、それにそっちが口付けのひとつやふたつされてもいいって言ったんじゃないか」


「…後半の言い分は分かるとしても前半は屁理屈でしょ!あんな…あんなことされて私…」


…遊郭で暮らしていた凶姫は男の扱い方に長けているはずだが…こうしてやけに初心な一面を見せることが多く、朔はその度にどうしてもにやついてしまってからかいたくなってしまう。


「あんなことされて…もっとされたいって思った?」


「っ!?ち、違うわよ!馬鹿!」


「それはちょうど良かった。俺も境界線を探ってたからどこまで大丈夫なのか一緒に見つけよう」


「…はあ!?な、なに言ってるの!?」


「よし、同意を得たからもう容赦はしないからな」


同意をしたつもりもなく、あわあわする凶姫にまた笑みがこみ上げる朔。

そしてそれを遠めに見守る雪男と朧が同時にため息。


「可哀そうに…」


朔が本気になれば落ちない女など居ない。

果たして凶姫は、どうなるのだろうか?