宵の朔に-主さまの気まぐれ-

どこかへ行って、その後ひょっこり戻って来た朔の唇に傷があることを目ざとく見つけた雪男は、文から顔を上げてそれを問い質した。


「主さま怪我してるじゃないか。どうした?」


「ああ、ちょっと猫に噛まれて」


「猫…?消毒してやるからちょっと待…」


「いや、このままでいい」


何だか楽しげな様子の朔が机いっぱいに置かれている文をひとつ取って目を通し始めたが、雪男は朔がはぐらかしたことに考えを巡らせて、探りに入った。


「で?その猫どこに行った?」


「さあ、どこかで寝てるんじゃないかな」


「ふうん…。で、どっちだ?」


「どっちってなんだ」


「猫って言ったらあっちの方だな。今日様子がおかしかった方。…噛まれるようなことをしたってわけか」


「何の話してるか分からないけど、可愛かったからちょっと遊んだら噛まれたんだ。これ以上詮索するなよ」


――本人は至って楽しそうにしているが、“猫”と比喩された方にとってはとんだ災難だろう。

どうしてそんな展開になったのか聞きたかったがこれ以上詮索するなと言われて妄想を繰り広げていると、それも駄目だったのか朔がちらっと上目遣いに雪男を睨んだ。


「駄目だぞ詮索は」


「いや、だって俺主さまの世話役じゃん。義兄弟じゃん。知らねえことがあるのは気持ち悪いんだよ」


先程の自分と同じようなことを言った雪男に笑みがこみ上げた朔は、文を膝に置いて大きく伸びをしながら声色を落としてひそりと囁いた。


「どこまでが良くて、どこまでが駄目なのか試しているんだ」


「は?意味分かんねえんだけど」


「抱くと死ぬという。だが手前ならどうだ?どこが境界線なのか身をもって試してるだけだ」


「あのさあ…それ、やられた方はたまんねえと思うんだけど。そこ考えたことあるか?」


「そこは嫌でも耐えてもらう」


「嫌っていうか…まあ、主さまの好きにしたらいいけど…柚葉の前でそれ言うなよ」


「?分かった」


前途多難。