宵の朔に-主さまの気まぐれ-

観察されっぱなしだった凶姫は、枕を抱きしめたままむくりと起き上がって肩越しにちらりと朔を盗み見た。


「…で、私は何も話さないわよ」


「俺はここの主だから知らないことがあると気持ち悪いんだ。だから話すまでここに居る」


「!駄目よ!これは私の問題なんだから。…どうせ覚えてるのは私だけだし」


「覚えてるのは…ってなんだ?」


背中合わせに腰を下ろした朔は、とんと軽く背中をぶつけて天井を見上げていた。

軽く触れただけなのに過剰に反応してしまった凶姫はまたさっと距離を取って座り直し、朔をむっとさせた。


「柚葉もそんな感じなんだけど、俺は何かしたのか?全く覚えがない」


「そりゃ覚えはないでしょうね」


「じゃあ俺が関わってるって言ってるようなものじゃないか。言わないと悪戯するぞ」


――悪戯という少し妖しい響きに凶姫が座ったままずりずりと距離を取ると、朔はにこにこしたまま膝をつきながら距離を詰めて凶姫の三つ編みに触れた。


「いい香りだな、やっぱり」


「ちょ…嗅がないでよね…。い、悪戯って何よ…」


「読んで字のごとくだけど。例えば…」


朔の長い指が凶姫の首筋をなぞった。

身を竦めた凶姫がその手を掴んで止めると、顔を寄せた朔は耳元でわざと声をさらに低くして囁いた。


「俺が何をした?言え」


「覚えてないならいいの!私が忘れればいいだけなんだから…!」


そう言って手の甲で唇を擦る凶姫の仕草にぴんときた――が…いつどこでそんなことになったのか本当に覚えていない朔は、おかしな思考に至った。


「俺がお前の唇を奪ったって言いたいのか?」


「えっ!?そんなこと…言ってないじゃない…」


「……そういえば…やらしい夢は見たな。ちょっと欲求不満なのかな、俺」


「し、知らないわよそんなこと!」


「俺だけ覚えてないのは不公平と思わないか?」


「…な…なんですって…?」


にっこり笑った朔が凶姫のぷっくりした唇に触れた。


「仕切り直そう。そうしよう」


勝手にひとりで納得して、ゆっくりと顔を斜めに近付ける――