夜の空気は嫌いだ。


特に吐く息が白くなるほど寒い夜は。


3月の夜はまだまだ寒い。


駅のプラットホームは風が吹きさらし、少しの熱も残さず持っていってしまう。先月買ったばかりの春物のピンクのジャケットを着込んできて正解だったようだ。わたしは両手で口元を包み、息で指先を温めた。


血が通いはじめた指先で、胸ポケットからシガレットケースを取り出した。


わざわざケースを使うのは、


喫煙は、あなたにとって肺がんの原因の一つとなります。疫学的な推計によると、喫煙者は肺がんにより死亡する危険性が非喫煙者に比べて約2倍から4倍高くなります。


なんて、たばこが不味くなる警告を見たくないからだ。


中から取り出したのは、最後のたばこと百円ライター。


風で乱れた髪を指先に絡め耳にかけ、わたしはたばこに火を点ける。


たばこの煙と共に夜の空気を吸い込んだ。身体の中に冷気と苦い味が広がる。



わたしにとってたばこは大人の象徴だった。


中学校3年生の頃、初めてたばこを吸った。


先生や家族やご近所さんに隠れて、友達と交代で見張りを立てて、林の奥で吸ってみたのだ。


最初は吸いかたがわからなくて、たばこを咥えて、フィルターに息を吹きかけてしまい、煙が吸えずに友達と大笑い。


誇らしいような、申し訳ないような、色んな感情が混ざってしまって、共犯者の友達とおかしな笑みを浮かべながら、『絶対に内緒』と言い合ったものだ。


たばこを吸えば、年を重ねれば大人になれると思っていた。


それは全く違っていた。


就職活動は去年の10月から始めていた。あれからもう半年経ち、友達が次々と企業から採用をもらう中、わたしはまだ採用されていない。あと1年あると大学の就職課は言うが、20社受けてどこからも不採用通知をもらえば、気持ちがくじけてしまうのはしょうがなかった。