朝7時。目が覚める。リビングから母さんや父さんが支度をしている音がする。バタバタとした足音を聞きながら、僕は起きる気配を見せなかった。
 そうするように、父さんに命じられているから。
 
 ふと掛け時計を見上げると、短針がもうすぐ8に届く。目覚めてから1時間が経過しようとしていた。そろそろか、と思ったところでちょうど扉が開く。
 「おはよう、紀希(きき)。よく眠れたかしら」
 無機質な声で僕に言葉を投げる母さんのうしろから、ガチャリという音が聞こえた。たぶん父さんが仕事へ行くために家を出たんだろう。母さんに向けてこくりと頷く。
「そう、それはよかったわ。私も仕事に行くから。食器の片付けと洗濯、夕方には食事の用意をお願いね。遅れそうな時は連絡をするわ」 
 「わかったよ、母さん。気をつけて行ってらっしゃい」
 ほんのわずかに口角をあげてみせると、母さんはなにも言わずに外へと出ていった。
 
 母さんも父さんも、どうやら僕をよく思っていないようだ。悪く思っているわけでもなさそうだが、いつも冷たい。今や慣れてしまったが、たまには暖かい言葉が欲しいと思う時もある。それで笑って見せたりもするのだけど効果はない。ごちそうでも作ったら喜んでくれるだろうか。
 
 「さて……とりあえず動こう」
 ゆっくりと起き上がり、母さんが作っていってくれた食事に手をつける。今日のメニューはトーストとサラダのようだ。正直あまり味がしないが、まずいわけでもないので黙々と咀嚼する。おそらく父さんが消し忘れていったテレビを見ていると、あるニュースが流れた。
 要約すると、見た目も人間にしか見えない人工知能ロボットが、10年も前に完成していたという内容だ。話し方も動作も人間そのもので、一度街中に放ってしまえば見つけることは困難であるほどの精巧な出来らしい。さすがにそんなことはできないので、明確な使い道を決定するまでは、言葉や文字以外での公表は控えるとのことだった。これまで公表していなかったのは、人工知能がある程度普及してからでないと、より悪用の危険性があったからという判断らしい。